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山谿に生くる人々
さんけいにいくるひとびと
作品ID50114
副題――生きる為に――
――いきるために――
著者葉山 嘉樹
文字遣い新字新仮名
底本 「葉山嘉樹 短編小説選集」 郷土出版社
1997(平成9)年4月15日
初出「改造 第十六巻十一号」1934(昭和9)年10月1日<br>「改造 第十七巻一号」1935(昭和10)年1月1日
入力者林幸雄
校正者富田晶子
公開 / 更新2018-10-18 / 2018-09-28
長さの目安約 69 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何たる事であろう。
 大山は、大山の兄の死を待っていたのだ。という事を十数年後の今になって、ハッキリ知ったのである。
 大山は、その二人の子供が死んだ、という知らせを受け取ったのは、木曽川の落合川の発電所で働いている時であった。
 そして今、十数年後、木曽駒ヶ岳、恵那山などの山によって距てられる、天龍河畔の鉄道工事場で、今度は叔母からの通信で、兄が朝鮮で死んだ、ということを知ったのである。
 その簡単なハガキには、兄が朝鮮で死んだことを書いた後、「長男は盲腸で入院、他の子供たちは、それぞれお寺で、御厄介になって居ります。両親のない子供たちは実に可愛想です。どこを見ても、子供の多い人ばかりで無理もいわれませんので、閉口しました」
 とだけ書いてあった。
 大山は、丁場を休んでいたので、そのハガキを見ると、すぐに叔母に返事を出して、飯場の暗がりの中に、仰向けに引っくりかえった。
 ――ああ、兄貴もとうとう死んだのか。朝鮮で――
 と、悲しみも伴わない追想。それはもうすっかり疲れ切って、ミイラにでもなってしまったような、過去の追想の中に陥った。

 大山は十数年前、亡き二人の児の夢を見続けた。そのために、生来好きな酒が、量を殖やした。どんな思いをしても、大山は酒を飲んで、麻痺したような状態になって、泥酔の睡りを買った。
 そのためには、その後もらった女房のものはもちろん、それとの中にできた二人の子供の、着物までも、屑屋に売ったりして、あるいは、「殺人焼酎」かもしれないことを、承知の助で呷ったのである。
 夢の正体というのは、子供の死因が分らないところから来ていた。
 分らないものの[#「ものの」は底本では「もののの」]正体を掴みたい、という事は何という苦痛であろう。もし、人間が、どうしてもたった今、人間とは何ぞや、という問いに対して、たった今解答を与えたいと焦り始めたら、そいつは無限地獄であろう。
 知ったところで、どうなるものでもない。子供たちが、どうして死んだか、それを眼の当り見ないだけでも、幸いだというものではないか。もし、眼の当り、子供が道傍の肥溜の中に逆さに落っこちて、死んでしまったのを見たり、なぜともなしに、瘠せ細って死んで行くのを、手の施しようもなく見せつけられたりしたら、それこそ、堪えられない事であろう。
 そして、眼の前で死ななければこそ、そういった憶測も湧くのであろうが、それかと言って、現実に、そんな風な幼児の死、が絶無であろうか。
 一つ夢、同じ夢を見続ける、というのは、医学上、どんな風な精神状態であろうか。
 大山は、「両親のない子供たちは、実に可愛想です」という、ハガキの文句のために、十数年前に、ひどい努力と、アルコールの力で、忘れかけていた、永久に知る事のできない、子供たちの死因と、その死因についての想像の、無数の場合から来る、一種の…

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