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![]() おうべいかっこく せいきょうにっき |
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作品ID | 50117 |
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著者 | 井上 円了 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「井上円了・世界旅行記」 柏書房 2003(平成15)年11月15日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 木浦 |
公開 / 更新 | 2012-10-21 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 166 ページ(500字/頁で計算) |
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緒言
一、余、はじめ紀行、日記等は編述せざる意なりしが、友人来たりて曰く、近来洋行者はなはだ多く、紀行、日記またすくなからずといえども、いまだ宗教、風俗に関したる紀行を見ず。君、よろしくその洋行日記を編成して世上に公にすべしと。余、よって懐中日記を出だしてこれを示す。友人曰く、これにて足れり。世人、君より政教の事情を聞かんことを欲するや切なり。君、速やかにこれを刊布すべし。余、よって懐中日記中より日月地名を除き去り、もっぱら宗教、風俗に関したる種目のみを取り出だし、一編の冊子となせり。仮に題して『政教日記』という。
一、この書、題して『政教日記』と称するも、もっぱら宗教と風俗とに関したる事項のみを掲出せり。しかして、各国の政教関係論にいたりては、他日別に編述することあるべし。
一、この書、むしろ洋行雑記にして、宗教、風俗のほかに種々雑多の事項を混入せざるにあらず。そのうち往々政教上に必要ならざるものあるべしといえども、帰朝後意外に多忙にして、緩々訂正取捨するのいとまなければ、その日記中、草案のまま編成するに至る。読者請う、これを了せよ。
明治二十二年八月
著者 しるす
[#改ページ]
第一、周遊の目的および太平洋紀行の部
第一、奮然一起して遠洋万里の途に上る
政教子、一日机により新紙を読むに、天下の論鋒ようやく進みて政教の版図に入り、舌戦、筆闘、壇上やや穏やかならざる事情あるを見る。立ちて社会の風潮をうかがえば、政海の波ようやく高く、教天の光ために暗きを覚ゆ。政教子すなわちおもえらく、これ、あに書窓に閑座するのときならんや。けだし政教子の人たる、春来たれば野外に鶯花をたずね、秋来たれば窓間に風月を弄し、その心つねに真理を友とし、その口みだりに世事を談ぜずといえども、あえて国家のために思うところなきにあらず。一変一動に際会するごとに、いまだかつてその国を思わざるはあらず。いわゆる江湖の遠きにおりて、その国を憂うるものなり。この憂国の情、鬱々として胸襟の間に積滞し、一結して悶を成し、再結して病を成さんとす。その平常、春花に詠じ秋月に吟ずるがごとき、ただこの病悶をいやせんとするにほかならず。今やわが国、政教の関係ようやく密に、政教の論場ようやくやかましく、まさにその影響を一国独立の上に及ぼさんとするの勢いあり。政教子ここにおいて、奮然一起して遠洋万里の途に上り、欧米政教の大勢を一見せんとするに至りしなり。
第二、政府の事業は民間の事業に及ばず
政教子曰く、山高くして大ならざるものあり、大にして高からざるものあり、その高きものは衆目に触れやすし。ゆえに、人これを指して高山峻嶺と称す。その低きものは、人その山たるを覚えず、ただこれを広原平野と呼ぶのみ。しかして、この二者中いずれが最も地球の重量を成すに加わりて力ありやというにいたりては、その低きもの…