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南半球五万哩
みなみはんきゅうごまんマイル |
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作品ID | 50119 |
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著者 | 井上 円了 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「井上円了・世界旅行記」 柏書房 2003(平成15)年11月15日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2011-10-25 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 272 ページ(500字/頁で計算) |
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南球五万哩余程、沐雨梳風嘆独行、帰入旧廬有相識、一窓梅月照寒更。 甫水 円了道人
(南半球五万哩余の行程、雨で髪を洗い、風にくしけづり、たったひとりで旅するを慨嘆する。わが家に帰えればなじみのものがあり、窓より見る梅に月は寒さの深まりを照らしている。)
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緒言
今回の南半球の周遊は、二百九十七日間に五万七十五マイルを踏尽せし故、一日に百六十九マイルずつを急行したる割合なり。かかる電光的旅行なれば、精細の観察は到底望むべからず、ただ瞬息の間に余の眼窓に映じたる千態万状を日記体に書きつづりたるもの、すなわち本書なり。
余は元来無器用にして、写真術を知らず、スケッチはできず、余儀なく耳目に触れたる奇異の現象は、言文一致的三十一文字、または二十八言等にて写しおきたれば、本書中にその糞詩泥歌をもあわせて録し、もって読者の一笑を煩わすに至れり。
南半球の旅行中に、便船の都合にて英国を経由し、欧州を歴訪したれば、その紀行を本書中に加え、もって欧州最近の実況をも読者に紹介することとなせり。
本書刊行の目的は、わが同胞をして、今後ますます進んで南球の別天地に活動せしめんとする意にほかならず。今日の青年は「埋レ骨豈唯故郷地、南球到処有二青山一」(骨を埋めるのはなにも故郷の地だけとは限らない、南半球の地の至るところに骨を埋めることのできる青山はあるのだ)の気慨あるを要す。いやしくもこの気慨あるものは、自国を遊園とし、海外を工場とし、よろしく遠く天涯万里に向かって雄飛活躍せざるべからず。国運発展の道も、けだしここにあらんと信ず。
もしこの瑣々たる小紀行が、いくぶんたりともわが同胞の海外発展を資するを得ば、大幸これに過ぎざるなり。
明治四十五年二月十五日
著者しるす
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第一、南球往航日記(ホンコン、カントン、マニラ紀行)
一、南球視察の目的
近年もっぱらわが国の社会教育、地方教育、民間教育に従事せし以来、自ら思うに、戦勝国の国民として世界に活動するには、海外の事情に通ずるを要す。ことに戊申詔書の聖旨のごときは、世界の大勢に伴って国運を発展するゆえんを示したまえるものなれば、これを奉戴服膺するにも、万国の形勢を知るの必要あり。しかるにわが国において、北半球の国情、民俗は比較的熟知せられ、かつ余も二回欧米各国を周遊したれば、一とおりの質問に応ずることを得るも、南半球にいたりては世間その事情に暗く、余もいまだ足跡をしるしたることあらず。ゆえに、地方巡遊中もときどき豪州の民情、あるいは南米の風土等に関し、尋問を受くることあるも、これに応答するを得ず。これ、余の自ら遺憾とするところなり。ここにおいて断然意を決して、南球周遊の途に上るに至る。
けだし、北半球はこれを人の年齢に比するに老朽せるもののごとく、これに反して南半球は血気さかんなる…