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妖怪学講義
ようかいがくこうぎ
作品ID50120
副題02 緒言
02 しょげん
著者井上 円了
文字遣い新字新仮名
底本 「井上円了 妖怪学全集 第1巻」 柏書房
1999(平成11)年3月31日
初出「妖怪學講義緒言」1893(明治26)年8月24日
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2021-06-06 / 2021-05-27
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

哲学館主  井上円了述

 美妙なる天地の高堂に座して、霊妙なる心性の明灯を点ずるものはなんぞや。だれも問わずして、その人間の一生なるを知る。果たしてしからば、その一生中、森然たる万有を照見するものは実に心灯の光なり。しかして、その光を養うものは諸学の油なり。ゆえに、諸学ようやく進みて心灯ようやく照らし、心灯いよいよ明らかにして天地いよいよ美なり。吾人すでに心灯を有す、あに諸学の講究を怠るべけんや。これ余が先年、妖怪学研究に着手したるゆえんなり。方今、大政一新、文運日に興り、明治の治蹟また、まさに大成を告げんとす。皇化のうるおすところ遠く草莽に及び、余のごとき微臣、なお茅屋の下に安臥して閑歳月に伴うを得。ああ、窓間一線の日光もまた、君恩の余滴にあらざるなし。余輩、あに碌々として徒食するに忍びんや。ここにおいて、積年研究せる妖怪学の結果を編述して、世人に報告するに至る。けだしその意、同胞とともに一点の心灯をかかげきたりて、天地の活書を読まんとし、かつ自ら満腔の衷情をくみきたりて、国家の隆運を助けんとするにほかならず。今やわが国、海に輪船あり、陸に鉄路あり。電信、電灯、全国に普及し、これを数十年の往時に比するに、全く別世界を開くを覚ゆ。国民のこれによりて得るところの便益、実に夥多なりというべし。ただうらむらくは、諸学の応用いまだ尽くさざるところありて、愚民なお依然として迷裏に彷徨し、苦中に呻吟する者多きを。これ余がかつて、今日の文明は有形上器械的の進歩にして、無形上精神的の発達にあらずというゆえんなり。もし、この愚民の心地に諸学の鉄路を架し、知識の電灯を点ずるに至らば、はじめて明治の偉業全く成功すというべし。しかして、この目的を達するは、実に諸学の応用、なかんずく妖怪学の講究なり。国民もし、果たしてこれによりて心内に光明の新天地を開くに至らば、その功すこしも外界における鉄路、電信の架設に譲らずというも、あに過言ならんや。妖怪学の研究ならびにその説明の必要なること、すでにかくのごとし。世間必ず、余が積年の苦心の決して徒労にあらざりしを知るべし。
 妖怪学とはなんぞや。その解釈を与うるは、すなわち妖怪学の一部分なり。今、一言にしてこれを解すれば、妖怪の原理を論究してその現象を説明する学なり。しからば妖怪とはなんぞや。その意義、茫然として一定し難し。あるいは曰く、「幽霊すなわち妖怪なり」と。あるいは曰く、「天狗すなわち妖怪なり」と。あるいは曰く、「狐狸の人を誑惑する、これ妖怪なり」と。あるいは曰く、「鬼神の人に憑付する、これ妖怪なり」と。あるいは陰火、あるいは竜灯、あるいは奇草、あるいは異木、これ妖怪なりというも、かくのごときは、みな妖怪の現象にして、妖怪そのものの解釈にあらず。しかして、妖怪そのものの解釈に至りては、けだし、だれも確然たる定説を有せざるべし。あるいは…

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