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![]() イエスとペテロ |
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作品ID | 50159 |
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著者 | 片山 広子 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「燈火節」 月曜社 2004(平成16)年11月30日 |
入力者 | 竹内美佐子 |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2010-11-12 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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聖書の中にあるイエス・キリストやお弟子たちの話が、人の口から耳へ、思ひもかけない遠くの国に伝へられて、その国のキリストやペテロの話になつてゐることもある。これはアイルランドの民話で、ユダヤ、サマリヤ、ガリラヤの国々がすぐ彼等の村々に続いてゐるやうにも聞える話である。
イエス・キリストがガリラヤの湖のほとりや野はらや町を歩かれた時、いつも十二人の弟子がみんなで従いて歩いたわけではなかつた。さてこれはイエスがペテロ一人だけ連れてゆかれた時の話。
或る日イエスはペテロをつれてガリラヤの湖のそばの山路をゆかれた。日のしづみかけてゐる路傍に老人の乞食がゐた。やぶれた帽子、よごれた服、ひもじさうな眼つきで、通りすぎる二人に恵みをもとめたのである。ペテロはその時ぽつちりばかりの小銭しか持つてゐなかつたが、イエスがどうなさるかと思つてそちらを見ると、イエスはたいそう真面目な顔をして何もやらずに通りすぎてしまつた。かはいさうに、乞食はひもじさうに震へてゐるのにと思つたが、イエスのなさる事だからペテロも黙つてとほり過ぎた。
その翌日おなじ道を帰つてくると、こんどは山賊に出会つた。山賊は瘠せて物すごい顔をして、腰には抜身の剣をさしてゐた。彼はひどく空腹だから何かたべる物を下さいと言つた。ばかな山賊だな、われわれは何も持つてゐやしないのにとペテロが思つてゐると、ふしぎにもイエスはこの男に金を恵んでやつた。「先生、きのふの年寄の乞食には何もやりなさらないのに、なぜあの山賊に金をおやりになつたのです? こちらは二人ですから恐れることはないのです、私は剣を持つてゐますし、あの男は私よりも背がひくかつたです」ペテロはさう言つて抗議した。
「ペテロよ、お前はそとに見えてゐるものだけを見る、しかし内なるものを見、物の裏面を見なければいけない。きのふと今日の私のやり方も遠からずわかる時が来る」とイエスが言はれた。
その後しばらく日かずが経つて、イエスとペテロは山みちを歩いて道に迷つてしまつた。どちらを見ても荒つぽい岩山ばかりで何もない。二人はあるいて歩いてひどくひもじくなり、水が飲みたくてたまらなくなつた。そのうち、雨が降り出し稲妻はぴかぴか光るし、ペテロは動けなくなつた。すると向うのまがりかどから一人の男が歩いて来た。いつぞやの山賊だつた。彼は二人を見て「これは、これは、お二人ともお困りでございませう」と言つて自分の住家としてゐる洞穴に案内してくれた。
山賊は火をたき、酒を出しパンを出し、自分の持つてゐる物は惜しげもなくみんな出して二人をもてなし、新しい藁を出して寝床に敷き、きれいに洗つてある自分の着物を二人に着せて、そのあひだに二人のぬれた着物を火で乾かしたりした。その翌日は途中で二人のたべる弁当も持たせて、道に迷はないやうに中途まで送つて来てくれたのである。ペテロはすつかり感心…