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野の哄笑
ののこうしょう |
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作品ID | 50184 |
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著者 | 相馬 泰三 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村礒多 相馬泰三 川崎長太郎 宮路嘉六 木山捷平 集」 筑摩書房 1973(昭和48)年2月5日 |
初出 | 「野の哄笑」1922(大正11)年9月 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2010-03-31 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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型の如く、青竹につるした白張の提灯、紅白の造花の蓮華、紙に貼付けた菓子、雀の巣さながらの藁細工の容物に盛つた野だんご、ピカピカ磨きたてた真鍮の燭台、それから、大きな朱傘をさゝせた、着飾つた坊さん、跣の位牌持ち、柩、――生々しい赤い杉板で造つた四斗樽ほどの棺桶で、頭から白木綿で巻かれ、その上に、小さな印ばかりの天蓋が置かれてある。棺台に載せて、四人して担いだ。――そして、そのあとから、身寄りのもの、念仏衆、村のたれかれ、見物がてらの子守ツ子たちがぞろ/\と続いた。
チン! カン! ボン!
念仏衆の打ちならす小、中、大の鉦の音が静かに、哀しげに、そして、いかにも退屈さうに響いた。行列は、それに調子を合せてでもゐるかのやうに、のろ/\と、哀しげに、そしていかにも怠儀さうに進んだ。
誰もが、唖ででもあるやうに、重苦しく押黙つてゐた。
チン! カン! ボン!
たゞ、鉦の音だけが、間をおいては同じ調子で繰り返へされた。が、小暗い村の小径を離れて、広々とした耕野の道へ出た時、たうとう我慢がしきれなくなつたといつたやうに、誰かが、前の方で叫んだ。
「鉦を、もつとがつとに叩けや。」
と、これも、みんなに寛ぎを勧めでもするやうな、殊更らにおどけた調子で、少し離れたところから、ほかの者が、それにつけ加へた。
「ほんとによ、今度の仏は、大分耳が遠かつたんだから。聞えねえと悪い。」
チーン! カーン! ボーン!
「さうだ、さうだ。もつと、もつと。はゝゝゝ。」
「爺さんな、陰気ツ臭いのが何より嫌えだつて、いつも口癖のやうに云つてゐさしたつけよ。」と、今度は後の方で、誰か女の人が云つた。
「それに八十二だつて云や、年齢に不足はねえんだからの、まあ、目出度え方なんだ。」
「ほんだてば。」
「八十二でゐさしたつて、え?」
「あ、さうだ、と。」
「ほう、それにしちや、まあ、とんだ岩畳なもんだつたの! 仕事ぢや、何をやらしても若いもんと同じこんだつた。」
縛めからでも解かれたやうに、一同は急にくつろいで、陽気に、がやがやとしやべり出した。「やれやれ!」といつたやうに大きな吐息を洩すものさへあつた。
風のない、ぽか/\する上天気である。収穫前の田畑はいづれも豊かに、黄に、褐色に、飴色に色付いてゐた。あたりには、赤とんぼの群がちら/\と飛んでゐた。その或るものは、歩いてゐる青竹に、朱傘に、柩にとまつたりした。
チン! カン! ボン!
「爺さんな、今ごろ、どの辺を歩いて居られることやら?」
突然、真中あたりで、こんなことを云ひ出したものがあつた。と、それが、ちやうど波紋かなどのやうに、順々に前後に拡つて行つた。
「三途の川あたりだらうかなう?」
「なんぼ足が早いつたつて、十万億土つていふから、さうは行かれめえてば。」
「なあに、さうでねえと。瞬きしるかしねえうちに向ふへ行きつく…