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法窓夜話
ほうそうやわ
作品ID50236
副題01 序
01 じょ
著者穂積 重遠
文字遣い新字新仮名
底本 「法窓夜話」 岩波文庫、岩波書店
1980(昭和55)年1月16日
入力者鈴木厚司
校正者POKEPEEK2011
公開 / 更新2014-08-19 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 父は話好きであります。私が子供の時には、父は御定まりの桃太郎から始めて大江山鬼退治の話などをしてくれたものです。私がだんだん成人するとともに、父の話も次第に子供離れがして来まして、私が法科大学生の時代には、自然法律談が多く出ることになりました。しかし父はむつかしい法理論や、込み入った権利義務の話はあまりしませんでした。私とても学校でさんざん聞かされた後ですから、面倒な話はなるべくは御免蒙りたい方です。父が好んで話した法律談は、法律史上の逸話、珍談、古代法の奇妙な規則、慣習、法律家の逸事、さては大岡捌きといったような、いわゆるアネクドーツでありました。毎夜十時というのがいつか父と私との間の不文法になって、私は父の話を聴くのが楽しいのか、あるいは自分の勉強を止めるのが嬉しいのか、いつもその時刻を待ち兼ねて父の書斎を叩きます。父もいい加減読書に倦み執筆に労れた頃とて、直ちに筆を擱き机を離れ、冬はストーブを囲み、夏はヴェランダに椅子を並べ、打ちくつろいで茶を啜り菓子をつまみながら、順序もなく連絡もなく、思い附くままに前申すような法律談をするのが常でした。私はその昔、桃太郎に目を丸くし、大江山に胸を躍らしたと同じ興味をもってその話を聴きましたが、桃太郎や大江山のように幾度となく繰り返してもらって覚え込んでしまうという訳には行きませんので、中にはどうやらその談話をそのまま聴き流しにしてしまうのは惜しいような気がするのもありまして、暇々に思い出しては書き綴って置きました。この私の手すさびが動機となり、父にこの種の雑話を集めて書物にすることを勧めましたが、父も遂にその気になり、私の洋行後は、文学士田中秀央君や植木直一郎君に御話して書き取って戴いたり、または父自身が認めたりして、今では長短併せて数百題に上りました。その中で取り敢えず百話だけを纏めたのがこの「法窓夜話」第一輯であります。右様の次第で、畢竟眠気覚ましの茶受け話、桃太郎・大江山の一変形に過ぎぬのでありまして、中には一向珍しからぬ話もありましょうし、遺漏や誤謬は勿論少なからぬことでありましょうから、なにとぞそのおつもりで御一読を願いたいのであります。
 桃太郎と申せば、英国へ参ってから、当国で有名な御伽話「アリス・イン・ウォンダーランド」というのを何かの機会に読んだことがあります。思い切って他愛ない話なので、筋は忽ち忘れてしまいましたが、こういう一節だけは覚えています。何でも様々な動物がどうかしてずぶ濡れになり、寒くて困るところから、何かからだを乾かす工夫はないものかと言い合っていますと、鼠であったかがしかつめらしく咳一咳、「ウイリアム征服王は外に法王の後援ありたるのみならず、内には従来簒奪征服に慣れたる英国民が当時君主を渇望せし際なりしをもって、人民忽ちこれに附従し」と始めましたので、一同呆れ返り、それがからだを…

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