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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5026
副題11 花散里
11 はなちるさと
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 上巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年8月10日改版
入力者上田英代
校正者kumi
公開 / 更新2003-07-28 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

橘も恋のうれひも散りかへば香をなつ
かしみほととぎす鳴く   (晶子)

 みずから求めてしている恋愛の苦は昔もこのごろも変わらない源氏であるが、ほかから受ける忍びがたい圧迫が近ごろになってますます加わるばかりであったから、心細くて、人間の生活というものからのがれたい欲求も起こるが、さてそうもならない絆は幾つもあった。
 麗景殿の女御といわれた方は皇子女もなくて、院がお崩れになって以後はまったくたよりない身の上になっているのであるが、源氏の君の好意で生活はしていた。この人の妹の三の君と源氏は若い時代に恋愛をした。例の性格から関係を絶つこともなく、また夫人として待遇することもなしにまれまれ通っているのである。女としては煩悶をすることの多い境遇である。物哀れな心持ちになっているこのごろの源氏は、急にその人を訪うてやりたくなった心はおさえきれないほどのものだったから、五月雨の珍しい晴れ間に行った。目だたない人数を従えて、ことさら簡素なふうをして出かけたのである。中川辺を通って行くと、小さいながら庭木の繁りようなどのおもしろく見える家で、よい音のする琴を和琴に合わせて派手に弾く音がした。源氏はちょっと心が惹かれて、往来にも近い建物のことであるから、なおよく聞こうと、少しからだを車から出してながめて見ると、その家の大木の桂の葉のにおいが風に送られて来て、加茂の祭りのころが思われた。なんとなく好奇心の惹かれる家であると思って、考えてみると、それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。長く省みなかった自分が訪ねて行っても、もう忘れているかもしれないがなどと思いながらも、通り過ぎる気にはなれないで、じっとその家を見ている時に杜鵑が啼いて通った。源氏に何事かを促すようであったから、車を引き返させて、こんな役に馴れた惟光を使いにやった。

をちかへりえぞ忍ばれぬ杜鵑ほの語らひし宿の垣根に

 この歌を言わせたのである。惟光がはいって行くと、この家の寝殿ともいうような所の西の端の座敷に女房たちが集まって、何か話をしていた。以前にもこうした使いに来て、聞き覚えのある声であったから、惟光は声をかけてから源氏の歌を伝えた。座敷の中で若い女房たちらしい声で何かささやいている。だれの訪れであるかがわからないらしい。

ほととぎす語らふ声はそれながらあなおぼつかな五月雨の空

 こんな返歌をするのは、わからないふうをわざと作っているらしいので、
「では門違いなのでしょうよ」
 と惟光が言って、出て行くのを、主人の女だけは心の中でくやしく思い、寂しくも思った。知らぬふりをしなければならないのであろう、もっともであると源氏は思いながらも物足らぬ気がした。この女と同じほどの階級の女としては九州に行っている五節が可憐であったと源氏は思った。どんな所にも源氏の心を惹くものがあって、それがそれ相応に…

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