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〔気品の泉源、智徳の模範〕
〔きひんのせんげん、ちとくのもはん〕
著者福沢 諭吉
文字遣い新字新仮名
底本 「福澤諭吉著作集 第5巻 学問之独立 慶應義塾之記」 慶應義塾大学出版会
2002(平成14)年11月15日
初出「時事新報」1896(明治29)年11月3日
入力者田中哲郎
校正者hitsuji
公開 / 更新2019-12-12 / 2019-11-24
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 左の一編は十一月一日、慶應義塾先進の故老生が懐旧会とて芝紅葉館に集会のとき、福澤先生の演説したるものなり。
 老生の演べんとする所は、慶應義塾の由来に就き、言少しく自負に似て俗に云う手前味噌の嫌なきに非ざれども、事実は座中諸君の記憶に存する通り聊も違うことなく、且つ今夕は内輪の会合にして他に憚る所もあらざれば、過ぎし昔の物語も吾々には自から一入の興味あるべし。抑も人間世界は苦中楽あり。今を去ること三十年、我党の士が府下鉄砲洲の奥平藩邸を去て芝新銭座に移り、匆々一小塾舎を経営して洋学に従事したるその時は、王政維新の戦争最中、天下復た文を語る者なし。況んや洋学に於てをや。時論は攘夷の頂上に達し、洋学者の如きは所謂悪魔外道の一種にして、世間に容れられざるのみか、又随てその悪む所と為り、時としては身辺の危険さえ恐ろしき程の次第なりしかども、人生の性質は至極剛情なるものにて、世人が概して自分等を敵視すれば、その敵意の盛なる程に此方も亦窃に之に敵するの心を生じて、公然力を以てするは固より叶わざる所なれども、心の底には他の無識無謀を冷笑すると共に、故さらに勉めてその言わざる所を言い、その好まざる所を行い、一切の言行を世論の反対に差向けて意気劇烈、些少も仮す所なく、満天下を敵にするの覚悟を以て自から居たるこそ一時の奇なれ。蓋し我党は夙に西洋文明の真実無妄なるを知り、人間の居家処世より立国の大事に至るまで、文明の大義を捨てゝ他に拠るべきものなきを信じて、世の俗論、古論、保守論を悦ばざることなれども、その文明論の極端を公言して人心を激したるは、亦是れ人生の獣勇、闘争を好むの情に出たることならんと、今より回想して自から悟る所なり。然りと雖もこの獣勇、決して無益ならず。当時我党の士は天下の俗論古論者に敵すると同時に、一方には彼等を網羅して之を諭し、その古来徹骨の蒙を啓て我主義に同化せしめんとの本願なれば、四面暗黒の世の中に独り文明の炬火を点じて方向を示し、百難を冒して唯前進するのみ。兵馬騒擾の前後に、旧幕府の洋学校は無論、他の私塾家塾も疾く既に廃して跡を留めず、新政府の学事も容易に興るべきに非ず、苟も洋学と云えば日本国中唯一処の慶應義塾、即ち東京の新銭座塾あるのみ。世人は之を目して孤立と云うも、我れは自負して独立と称し、在昔欧洲にてナポレオンの大変乱に荷蘭国の滅亡したるとき、日本長崎の出嶋には尚おその国旗を飜して一日も地に下したることなきゆえ、荷蘭は日本の庇蔭に依り、建国以来曾て国脈を断絶したることなしとて、今に至るまで蘭人の記憶に存すとの談あり。同志の士は是等の故事を物語りして、我慶應義塾は荷蘭の国旗を飜したる出嶋に異ならず、日本の学脈を維持するものなりと、敢て自からその任に当りて、ます/\新知識の輸入に怠らざる中にも、従前徳川時代の洋学は医術を始めとして、化学、窮理、砲術等、…

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