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故社員の一言今尚精神
こしゃいんのひとこといまなおせいしん
著者福沢 諭吉
文字遣い新字新仮名
底本 「福澤諭吉著作集 第5巻 学問之独立 慶應義塾之記」 慶應義塾大学出版会
2002(平成14)年11月15日
初出「時事新報」1882(明治15)年3月27日
入力者田中哲郎
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-01-10 / 2019-12-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 明治元年正月、伏見の変乱、前将軍慶喜公は軍艦に乗て東帰、次で諸方の官軍は問罪として東海東山の諸道より江戸に入り、関東の物論沸くが如く、怒て官兵に抗せんとする者あり、恐れて四方に遁逃する者あり。江戸広しと雖ども、市に売る者なし、家に織る者なし。学者書生の如きもその行く所を知らず、大都会中復た一所の学校を見ず、一名の学士に逢わず。独り我慶應義塾の社中は、偶然の発意にして断じて世事に関せず、都下の東南芝新銭座の塾舎に相集りて眠食常に異ならず、弾丸雨飛の下、[#挿絵]唔の声を絶たざること殆ど半年、社中自称して戦場中の一小桃源と云いしは蓋しこの時なりき。
 この際に当て府下百万の人民は一時に方向を失い、固より官軍の何ものたるを知らず、仮令い東征の名義云々は伝聞するも、その官軍なるものが江戸に入たる上は何等の挙動あるべきや、之を測量すること甚だ易からず。数百年来未だ曾て見ざる所の軍事なれば、軍人とあれば必ず乱暴なるものならん、乱暴人は之を避くるに若かずとて、下等社会の群民は無論、上流の士人にても或は俄に家を挙げて藩地に帰る者あり、或は近郷に故旧あれば暫時これに身を寄する者あり。その中に就て独り西洋学者の流は深謀遠慮にして、窃に謂らく、官軍或は暴ならん、仮令い暴なりと雖ども西洋人に害を及ぼすことは彼輩の能する所に非ざるべし、左れば我輩の拠て以て頼む所は横浜にある外国人居留地の安全なるに若くものなしとて、該地に居を移す者日に多く、府民も亦この例に傚うて皆横浜に走り、浜の市中既に充満して、その東南なる北方村、本牧村等に及ぼし、一時はその地方にて家賃宿料の騰貴するに至れり。今日在東京の紳士学者にして既往を回想したらば自から之を記臆する輩も多からん、又或はその当局者もあらん。
 斯る世上の有様なれば、在江戸の人にして苟も横浜在留の西洋人に知る者あれば、西洋人も亦私に之を保護せんとするの情を抱き、或は仮に某国の籍に入れと云う者あり、或はその印鑑を与えて万一危急のときはこの印鑑を官軍に示して一時を免かれよと云う者あり。何れも皆深切の情に出ることにして、敢て奸策とは云うべからず。我義塾の如きも固より外人に知る者多ければその顧る所と為りて、或る日某氏より態と印鑑を贈り来りしは、全くその友情に出たるものより外ならざるなり。
 時に本塾の教員小幡仁三郎(小幡篤次郎の実弟。明治四年亜米利加に遊学中不幸にして同六年彼地に物故。)この事を聞き、走て塾の広間に出て、顔色を変じ目を瞋らして同窓の諸友に告て曰く、諸君は今日の形勢を見て如何の観を為すや、東軍西軍相戦うならんと雖ども、畢竟日本国内の戦争にして唯是れ内乱なるぞ、我輩は文を事としてその戦争に関するなしと雖ども、内外の分は未だ之を忘れず、西軍或は暴ならん、東軍或は無法ならん、来て我輩に害を加えんとする者あらば、我亦男児なり、よく之を防がん、之を…

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