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屍体と民俗
したいとみんぞく
作品ID50270
著者中山 太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「タブーに挑む民俗学 中山太郎土俗学エッセイ集成」 河出書房新社
2007(平成19)年3月30日
初出「デカメロン 第一巻第五号」1931(昭和6)年
入力者しだひろし
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-05-25 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

          *
 栃木県足利郡地方の村々では、死人があると四十九日の間を、その死人が肌に着けていた衣類を竿に掛け、水気の断えぬように水をかけるが、これを『七日晒し』と云うている。俚伝にはこの水がきれると、死人の咽喉が乾いて極楽に往けぬから、こうするのだと云うているが、元より信用することの出来ぬ浮説である。私の考えるところでは、この民俗はかつて同地方に住んでいたことのあるアイヌ族が、残して往ったウフイと云う蛮習が、こうした形で面影を留めているのだと信じたい。それではウフイとは如何なるものかと云うに、大昔のアイヌは死人があると、刃物を以て死者の肛門を抉り、そこから臓腑を抜き出し、戸外に床を設けてその上に置き、毎日婦人をして水を濺ぎ遺骸を洗わせ、こうすること約一年を経て四肢身体が少しも腐敗せぬときは、大いに婦人を賞し衣服煙草の類を与えるが、もしこれに反して腐敗することがあると、たちまち婦人を殺して先に葬り、その後に死人を埋めるが、これをウフイと称えている。アイヌ族では棺及び葬具に、その家々の格式による彫刻を入念にするので、一年位を経ぬとこの彫刻が出来上がらぬので、屍体をこうして保存するのだと云うことである。即ち知る足利地方の七日晒しは、このウフイの蛮習が形式化されたものであることを。そしてこうした先住民族の間に行われた民俗が、今に各地に残存していることは決して珍しいものではない。その一例として次の如きものもある。
          *
 福島県平町附近の村々では、妊婦が難産のために死亡すると、その妊婦の腹を割き胎児を引き出して妊婦に抱かせて埋葬する民俗が、五六十年前まで行われていた。さらに愛媛県ではこうした場合には、胎児を妊婦と背中合せにして埋葬したと云うことである。妊婦の腹を割くことは産道が活力を失い、ここから引き出すことが出来ぬからだと聞いている。そして、こうした事はアイヌ族の間には、つい近年まで実行――勿論それは秘密ではあったろうが――されていたのである。近刊の「アイヌの足跡」と云う書によると、妊婦が産死した折には墓地において、気丈夫なる老婆が鎌を揮って死者の腹を截ち、胎児を引き出してから埋葬する。残忍なる所業は正視するに忍びぬと云う意味のことが記してある。これによって彼れを推すとき、内地の民俗がアイヌ族の残存であることが会得される。なおこの機会に言うて置くが、奥州の安達ヶ原の鬼婆とて、好んで妊婦を殺し胎児を取ったと云う伝説は、この民俗から出発していると云うことである。
          *
 石川県の富来湾は同県でも有名な漁場であるが、漁場の習いとして毎年のように、漁船の幾艘かが海上で暴風雨の為めに遭難し、稀には五人七人の漁師が屍体となって浜に打ち揚げられることもある。それも遭難後四日か五日なら甲乙が直ぐ知れるが、もし十日も二十日も経過し、膚肉…

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