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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5028
副題13 明石
13 あかし
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 上巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年8月10日改版
入力者上田英代
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2003-08-03 / 2014-09-17
長さの目安約 48 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

わりなくもわかれがたしとしら玉の涙
をながす琴のいとかな   (晶子)

 まだ雨風はやまないし、雷鳴が始終することも同じで幾日かたった。今は極度に侘しい須磨の人たちであった。今日までのことも明日からのことも心細いことばかりで、源氏も冷静にはしていられなかった。どうすればいいであろう、京へ帰ることもまだ免職になったままで本官に復したわけでもなんでもないのであるから見苦しい結果を生むことになるであろうし、まだもっと深い山のほうへはいってしまうことも波風に威嚇されて恐怖した行為だと人に見られ、後世に誤られることも堪えられないことであるからと源氏は煩悶していた。このごろの夢は怪しい者が来て誘おうとする初めの夜に見たのと同じ夢ばかりであった。幾日も雲の切れ目がないような空ばかりをながめて暮らしていると京のことも気がかりになって、自分という者はこうした心細い中で死んで行くのかと源氏は思われるのであるが、首だけでも外へ出すことのできない天気であったから京へ使いの出しようもない。二条の院のほうからその中を人が来た。濡れ鼠になった使いである。雨具で何重にも身を固めているから、途中で行き逢っても人間か何かわからぬ形をした、まず奇怪な者として追い払わなければならない下侍に親しみを感じる点だけでも、自分はみじめな者になったと源氏はみずから思われた。夫人の手紙は、
申しようのない長雨は空までもなくしてしまうのではないかという気がしまして須磨の方角をながめることもできません。

浦風やいかに吹くらん思ひやる袖うち濡らし波間なき頃

 というような身にしむことが数々書かれてある。開封した時からもう源氏の涙は潮時が来たような勢いで、内から湧き上がってくる気がしたものであった。
「京でもこの雨風は天変だと申して、なんらかを暗示するものだと解釈しておられるようでございます。仁王会を宮中であそばすようなことも承っております。大官方が参内もできないのでございますから、政治も雨風のために中止の形でございます」
 こんな話を、はかばかしくもなく下士級の頭で理解しているだけのことを言うのであるが、京のことに無関心でありえない源氏は、居間の近くへその男を呼び出していろいろな質問をしてみた。
「ただ例のような雨が少しの絶え間もなく降っておりまして、その中に風も時々吹き出すというような日が幾日も続くのでございますから、それで皆様の御心配が始まったものだと存じます。今度のように地の底までも通るような荒い雹が降ったり、雷鳴の静まらないことはこれまでにないことでございます」
 などと言う男の表情にも深刻な恐怖の色の見えるのも源氏をより心細くさせた。
 こんなことでこの世は滅んでいくのでないかと源氏は思っていたが、その翌日からまた大風が吹いて、海潮が満ち、高く立つ波の音は岩も山も崩してしまうように響いた。雷鳴と電光…

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