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探検実記 地中の秘密
たんけんじっき ちちゅうのひみつ
作品ID50299
副題20 大森貝塚の発掘
20 おおもりかいづかのはっくつ
著者江見 水蔭
文字遣い旧字旧仮名
底本 「探檢實記 地中の秘密」 博文館
1909(明治42)年5月25日
入力者岡山勝美
校正者岡村和彦
公開 / 更新2021-09-17 / 2021-08-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

──日本貝塚の本家──採集家としての名譽──公爵自ら發掘す──博士の席上採集──

 大森の貝塚は、人類學研究者の眼から、最も神聖なる地として尊敬せられて居る。此所が本邦最初に發見せられた石器時代の遺跡であるからだ。
 米國のエドワルド、エス、モールス氏が、明治十二年に於て、初めて此所に遺跡を發見し、然うして大發掘を試みられた記事は『理科會粹』の第一帙として、東京大學法理文學部から印行せられてある。(和英兩文にて)『大森介墟古物編』は、實にそれである。
 多く人足を使用したのを一人の勞作に直して、一日平均七時間と見ると、方に八十餘日を費した計算である。かゝる大發掘[#ルビの「だいはつくつ」は底本では「だいはうくつ」]を試みてから、非常に此所は有名に成つたが、今は兒島惟謙翁の邸内に編入せられて、迚も普通では發掘する事が出來ずに居た。
 其所を發掘し得る機會を得た。千載[#ルビの「せんさい」はママ]の一遇。それに參豫した余は、實に採集家としての名譽此上も無い。
 それは斯ういふ縁引からである。水谷幻花氏と同じ社に居る縱横杉村廣太郎氏は、兒島翁とも知り、又令息とも交際られて居るので、談、邸内[#ルビの「ていない」は底本では「ていたい」]の遺跡に亘つた時に、吾社にこれ/\の人が居るといふ事から話が進んで、學術[#ルビの「かくじゆつ」はママ]の爲となら歡んで發掘を承諾[#ルビの「しようたく」はママ]するといふ運びに成つたのである。
 水谷氏は非常に兒島家の好意を喜び、一人の以て此聖跡を荒らすべきで無いとして、斯道のオーソリチーたる坪井博士、それから華族人類學會の牛耳を執らるゝ二絛公爵に通知し、余にも其末班に加はるべく交渉されたのだ。
 四十一年一月二十一日の午前九時頃、水谷氏と余とは、大森の兒島邸を訪問[#ルビの「ほうもん」はママ]した。然るに翁は、熱海の方へ行つて居られて、不在[#ルビの「ふざん」はママ]。令息が快く出迎へられて、萬事に便誼を與へられ、人足二人さへ呼ばれたのであつた。
 其所へ杉村氏は大瀧氏と共に來り會せられた。公爵も博士も未だ見えぬが、それまで待つて居るべきでも無いので、さあ、そろ/\蠻勇を開始しやうと、庭後の鐵道線路添ひの地を試掘に掛つたが、此邊はモールス氏が今より二十九年も前に、既に大發掘をした後なので、土器はモー留守であつた。
 水谷氏と顏を見合せて『何も出ないでも好いです。大森の貝塚を一鍬でも堀つた[#「堀つた」はママ]といふ事が、既に誇るに足るのですから』など負惜しみを言つて見たが、如何もそれでは實の處、滿足が出來ぬ。
 すると人足の一人か[#「一人か」はママ]『貝の出る處は此所ばかりぢやア有りません。御門を入つて右手の笹山の後の處にも、白い貝が地面[#ルビの「ちめん」はママ]に出て居ます』と報告した。
『其所を掘つても好いですか』と遠慮…

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