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停車場にて
ていしゃばにて
作品ID50314
原題AT A RAILWAY STATION
著者小泉 八雲
翻訳者林田 清明
文字遣い新字新仮名
入力者林田清明
校正者百道百合
公開 / 更新2009-05-19 / 2019-03-02
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

明治二六年六月七日

 きのうの福岡発信の電報によると、当地で逮捕された兇徒が、裁判のために、きょう正午着の汽車で熊本へ護送されるということだった。熊本の警察官が、この兇徒を引取るために福岡に出張していたのである。
 四年前、熊本市相撲町のある家に、夜半、盗人が押し入り、家人らを脅して、縛り上げ、高価な財産を盗んだ。警察がうまく追跡して、盗人は二四時間以内に逮捕されたので盗品を処分することもできなかった。ところが、警察署に連行されるとき、捕縄を解き、サーベルを奪い、巡査を殺害して逃走したのである。つい先週までこの兇徒の行方はまるっきりつかめなかった。
 ところが、たまたま福岡の監獄所を訪れていた熊本の刑事が、四年もの間、写真のように脳裏に焼き付けていた顔を、囚人たちの中に見つけたのである。
 「あの男は?」獄吏に尋ねた。
 「窃盗犯でありますが、ここでは草部と記録されております。」
 刑事は囚人のところに歩み寄ると、言った、
 「お前の名前は草部ではないな。熊本の殺人容疑でお尋ね者の、野村禎一だ。」
 重罪犯人はすっかり白状したのである。

 停車場に到着するのを見届けようと私も出かけたが、かなりの人が詰めかけている。人々が憤るのをたぶん見聞きするだろうと思っていたし、一悶着起こりはしないかとすら恐れてもいた。殺された巡査は周囲からとても好かれていたし、彼の身内の者も、おそらくこの見物人たちの中にいるはずである。熊本の群集もとても温和しいとはいえないのである。それで警備のために多数の警官が配置されているものとばかり思っていたが、私の予想は外れた。
 汽車は、下駄を履いた乗客たちのあわてた急ぎ足やカラコロという音が響き、また新聞やラムネなど飲み物を売る少年たちの呼び声などで、いつものようにあわただしく、また騒々しい光景の中に停車した。改札口の外で、私たちは五分近くも待っていた。そのとき、警部が改札口の扉を押し開けて出てきて、犯人が現れる――大柄の粗野な感じの男で、顔は俯き加減にしており、両の手は背中で縛られている。犯人と護送の巡査は二人とも改札口の前で、立ち止まった。そして、詰めかけている人たちが黙って一目見ようと前の方に押し寄せた。そのとき、警部が叫んだ。
 「杉原さん! 杉原おきびさん! いませんか?」
 「はい!」と声がすると、私の近くに立っていた、子どもを背負った細身の小柄な婦人が人混みをかき分けて進み出た。この人は殺された巡査の妻で、背負っているのが息子である。警部が手を前後に振るしぐさをすると、群衆は後ろずさりに下がった。そうして、犯人と護衛の警官のためのスペースが出来た。この空間で子どもを背負った未亡人と殺人者とが向き合って立つことになった。あたりは静まり返っている。
 そして、警部がこの未亡人にではなく、子どもに話しかけた。低い声だが、はっきり…

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