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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5032
副題17 絵合
17 えあわせ
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 上巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年8月10日改版
入力者上田英代
校正者kumi
公開 / 更新2003-08-12 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

あひがたきいつきのみことおもひてき
さらに遥かになりゆくものを(晶子)

 前斎宮の入内を女院は熱心に促しておいでになった。こまごまとした入用の品々もあろうがすべてを引き受けてする人物がついていないことは気の毒であると、源氏は思いながらも院への御遠慮があって、今度は二条の院へお移しすることも中止して、傍観者らしく見せてはいたが、大体のことは皆源氏が親らしくしてする指図で運んでいった。院は残念がっておいでになったが、負けた人は沈黙すべきであると思召して、手紙をお送りになることも絶えた形であった。しかも当日になって院からのたいしたお贈り物が来た。御衣服、櫛の箱、乱れ箱、香壺の箱には幾種類かの薫香がそろえられてあった。源氏が拝見することを予想して用意あそばされた物らしい。源氏の来ていた時であったから、女別当はその報告をして品々を見せた。源氏はただ櫛の箱だけを丁寧に拝見した。繊細な技巧でできた結構な品である。挿し櫛のはいった小箱につけられた飾りの造花に御歌が書かれてあった。

別れ路に添へし小櫛をかごとにてはるけき中と神やいさめし

 この御歌に源氏は心の痛くなるのを覚えた。もったいないことを計らったものであると、源氏は自身のかつてした苦しい思いに引き比べて院の今のお心持ちも想像することができてお気の毒でならない。斎王として伊勢へおいでになる時に始まった恋が、幾年かの後に神聖な職務を終えて女王が帰京され御希望の実現されてよい時になって、弟君の陛下の後宮へその人がはいられるということでどんな気があそばすだろう。閑暇な地位へお退きになった現今の院は、何事もなしうる主権に離れた寂しさというようなものをお感じにならないであろうか、自分であれば世の中が恨めしくなるに違いないなどと思うと心が苦しくて、何故女王を宮中へ入れるようなよけいなことを自分は考えついて御心を悩ます結果を作ったのであろう、お恨めしく思われた時代もあったが、もともと優しい人情深い方であるのにと、源氏は歎息をしながらしばらく考え込んでいた。
「この御返歌はどうなさるだろう、またお手紙もあったでしょうがお答えにならないではいけないでしょう」
 などと源氏は言ってもいたが、女房たちはお手紙だけは源氏に見せることをしなかった。宮は気分がおすぐれにならないで、御返歌をしようとされないのを、
「それではあまりに失礼で、もったいないことでございます」
 こんなことを言って、女房たちが返事をお書かせしようと苦心している様子を知ると、源氏は、
「むろんお返事をなさらないではいけません。ちょっとだけでよいのですからお書きなさい」
 と言った。源氏にそう言われることが斎宮にはまたお恥ずかしくてならないのであった。昔を思い出して御覧になると、艶に美しい帝が別れを惜しんでお泣きになるのを、少女心においたわしくお思いになったことも目の前…

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