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五重塔
ごじゅうのとう
作品ID50351
著者幸田 露伴
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の文学 1 坪内逍遙 二葉亭四迷 幸田露伴」 中央公論社
1970(昭和45)年1月5日
初出「国会新聞」1891(明治24)年11月~1892(明治25)年4月
入力者佐野良二
校正者川山隆
公開 / 更新2009-11-03 / 2014-09-21
長さの目安約 114 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

其一

 木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠の匂いひとしお床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリリと上り、洗い髪をぐるぐると酷く丸めて引裂紙をあしらいに一本簪でぐいと留めを刺した色気なしの様はつくれど、憎いほど烏黒にて艶ある髪の毛の一ト綜二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増嫌いでも褒めずにはおかれまじき風体、わがものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢が随分頼まれもせぬ詮議を蔭ではすべきに、さりとは外見を捨てて堅義を自慢にした身の装り方、柄の選択こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟かけたを着てどこに紅くさいところもなく、引っ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴なるべし。
 今しも台所にては下婢が器物洗う音ばかりして家内静かに、ほかには人ある様子もなく、何心なくいたずらに黒文字を舌端で嬲り躍らせなどしていし女、ぷつりとそれを噛み切ってぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火体よく埋け、芋籠より小巾とり出し、銀ほど光れる長五徳を磨きおとしを拭き銅壺の蓋まで奇麗にして、さて南部霰地の大鉄瓶をちゃんとかけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄って来しものが姉御へ御土産とくれたらしき寄木細工の小繊麗なる煙草箱を、右の手に持った鼈甲管の煙管で引き寄せ、長閑に一服吸うて線香の煙るように緩々と煙りを噴き出し、思わず知らず太息吐いて、多分は良人の手に入るであろうが憎いのっそりめが対うへ廻り、去年使うてやった恩も忘れ上人様に胡麻摺り込んで、たってこん度の仕事をしょうと身の分も知らずに願いを上げたとやら、清吉の話しでは上人様に依怙贔屓のお情はあっても、名さえ響かぬのっそりに大切の仕事を任せらるることは檀家方の手前寄進者方の手前もむつかしかろうなれば、大丈夫此方に命けらるるにきまったこと、よしまたのっそりに命けらるればとて彼奴にできる仕事でもなく、彼奴の下に立って働く者もあるまいなれば見事でかし損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人がいよいよ御用命かったと笑い顔して帰って来られればよい、類の少い仕事だけに是非して見たい受け合って見たい、欲徳はどうでも関わぬ、谷中感応寺の五重塔は川越の源太が作りおった、ああよくでかした感心なと云われて見たいと面白がって、いつになく職業に気のはずみを打って居らるるに、もしこの仕事を他に奪られたらどのように腹を立てらるるか肝癪を起さるるか知れず、それも道理であって見れば傍から妾の慰めようもないわけ、ああなんにせよめでとう早く帰って来られればよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面からわが縫…

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