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鬼桃太郎
おにももたろう |
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作品ID | 50354 |
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著者 | 尾崎 紅葉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「妖怪文藝〈巻之弐〉 響き交わす鬼」 小学館文庫、小学館 2005(平成17)年10月1日 |
初出 | 「鬼桃太郎」幼年文學叢書、博文館、1891(明治24)年10月11日 |
入力者 | 田中哲郎 |
校正者 | みきた |
公開 / 更新 | 2018-10-30 / 2018-09-28 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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[#挿絵]
むかしむかし翁は山へ柴刈に、
媼は洗濯の河にて、
拾いし桃実の裏より
生れ出でたる桃太郎、
猿雉子犬を引率[#ルビの「いんぞつ」はママ]して
この鬼ヶ島に攻来り、
累世の珍宝を分捕なし、
勝矜らせて
還せし事、
この島末代までの
恥辱なり、
[#挿絵]
あわれ願わくは
武勇勝れたる鬼のあれかし、
其力を藉てなりとも
この遺恨霽さばやと、
時の王鬼島中に触を下し、
誰にてもあれ日本を征伐し、
桃太郎奴が若衆首と、
分捕られたる珍宝を携え還らんものは、
此島の王となすべしとありければ、
血気に逸る若鬼輩、
ひこひこと額の角を蠢かし、
我功名せんと
想わざるはなけれども、
いずれも桃太郎が技※[#「てへん+兩」、U+639A、76-6]に懲り、
我はと名乗出づるものも
あらざりけり、
[#挿絵]
茲に阿修羅河の畔に世を忍びて、
佗しく住みなせる
夫婦の鬼ありけり、
もとは
鬼ヶ島の
城門の
衛司にて
ありけるが、
桃太郎攻入
の砌敢なくも鉄の門扉を
打摧かれ、敵軍乱入に
及びし条、其身の懈怠に因るものなりとて、
斜ならず王鬼の勘気を蒙り、官を剥がれ世に疎れ、
今は漁人となって余命を送るといえども、何日は身の罪を償うて再び
世に出でんことを念懸け、子鬼の角の
束の間も忘るる間ぞなかりける、
[#挿絵]
さるほどに此触を聞く嬉しさ、茨木童子が
断落されし我片腕をも見たらん心地して、
此時なりと心ばかりは逸れども、
嚮に城門の敗戦に桃太郎と亘合わせ、
五十貫目の鉄棒もて、
右の角を根元より
摧折れたる創の今に疼むこと頻りにして、
不治の疾を得たりければ、
合戦なんど思いも寄らず、
かかる時子だにあらばと
頻りに妻なる鬼を罵りぬ、
されば妻の言いけるは、
伝聞く日本の桃太郎は、河に流れし桃より
生れて武勇抜群の小児なり、
尋常なる鬼胎より出でなん鬼児にては、
彼奴が敵手とならんこと覚束なし、妾夜叉神に一命を
奉げて、桃太郎二倍なる武勇の子を祷るべしと、
阿修羅河の岸なる夜叉神社に参籠し、三七日の
夜にして始めて霊夢を蒙り、その払暁水際に立出でて
見れば、いと大きなる
苦桃一顆浮波々々と浮来りぬ、
[#挿絵]
扨はと嬉しく抱還れば、
待構えたる夫の喜悦たとうる方なし、
割きて見れば果せるかな、核おのずから飛で
坐上に躍ると見えしが、忽焉其長一丈五尺の
青鬼と変じ、紅皿のごとき口を開き、
爛々たる火焔を吐て矗と立たる
其風情、鬼の眼にさえ恐ろしくも、
また物凄くぞ見えたりける、
苦桃の裏より生まれたればとて
苦桃太郎と名乗らせぬ、
[#挿絵]
扨夫婦所志よしを語りければ
苦桃大いに喜び、
易き事かな、我一跨に日本へ推渡り、
三指にて桃太がそっ首引抜き、
其国の珍宝の有らん限り引攫うて還るべし、
これより出陣出陣と勇み立てば、夫婦のいうよう、
此条王鬼に届出でずして…