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望郷
ぼうきょう
作品ID50370
副題――北海道初行脚――
――ほっかいどうはつあんぎゃ――
著者服部 之総
文字遣い新字新仮名
底本 「黒船前後・志士と経済他十六篇」 岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年7月16日
初出「改造」1952(昭和27)年12月号
入力者ゆうき
校正者小林繁雄
公開 / 更新2010-10-21 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 歴研(歴史学研究会)北海道支部に日程は一任して、上野発十月十五日、帰着二十七日ということで、生れてはじめて北海道にでかけた。その間にきっと初雪がある、との注意で冬仕度をしてでかけたら、あちらの人々はまだみんな合着で、札幌の街をマフラー姿で歩いた最初の人間が、私ということになった。だが初雪は、二十五日の夜全道にふった。
 歯舞諸島のユリ島付近でB29がソ連戦闘機に撃墜される事件が起きたのは十月七日のことだが、私が札幌について二日目の十七日には、歯舞諸島は日本領土であるという米国務省の対ソ抗議覚書が発表された。根室沖が「危険地帯」の発火点になるための外交辞令はととのった形である。二十日私は旭川にいた。その前の日だったろうか、米軍ジェット機が旭川付近のどこかしらで墜落して、それを捜索するための小型機が旧練兵場から一日中飛びまわっているのを私は見た。学芸大学の裏手のアイヌ部落のまんなかに立ってその飛行機を見ているときに、旭川には水野成夫氏の国策パルプの工場があるが、ストライキなどはけっしておこらないしくみになっているときいたとたんに私はおかしさがこみあげてきた。というのも国策パルプ、苫小牧製紙、東洋高圧、帝国製麻、日本製鋼、北海道電力といった優良株を、北海道に工場があるという理由で、絶対に買わない男がいるという話をとたんに思い浮べたからである。その男の名前もむろん私は聞いているのだが、旧財閥筋のさる大会社のれっきとした重役なのである。こんな重役が一人でも日本にいるかぎり水野氏はまだまだのしあがるだろう。ところでストライキは、そのとき全道、否全国にわたって炭労、電産二労組がゼネストに入っていたのである。炭労は十三、四日にわたる四十八時間ストについで、十七日から大手筋十六社二十四万人が一せいに無期限ストに突入した。
 車窓の左手に帝国製麻の工場が、日本橋本社のヒョロ高さを埋めあわせるほどの平べったさで見られる札幌から、国策パルプがあるという旭川まで、平野のところどころに大工場が立ちならぶ、その反対側の山々こそ、三菱美唄、三井美唄、北炭、井華、古河以下大小炭鉱のありばしょである。前進座事件をひきおこした赤平もそのちかくにある。その赤平事件の第一回公判は、私が夜おそく札幌についた十六日の朝から岩見沢で開かれていた。ついで二十四日から初雪を挾んで続行されたはずである。初雪を予見して、冬仕度をすすめてくれた友人の先見の明に、私は心から敬意を表したのであるが「危険地帯」北海道の三十八度線化を予想する手あいの先見について、何と評したものであろうか? ともかく私は、感想をなにがしとりまとめてみよう。

 連絡船洞爺丸が、その日海峡のひどい荒天をのりきって静かな函館湾にはいったとき、私は一種不思議な錯覚にとらえられていた。望郷の錯覚とそれをいってみようか。――戦災を一つもうけていない…

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