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しゅっぱつ |
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作品ID | 50376 |
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著者 | 島崎 藤村 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「島崎藤村全集第五巻」 筑摩書房 1981(昭和56)年5月20日 |
初出 | 「新潮」新潮社、1912(大正元)年11月 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 木浦 |
公開 / 更新 | 2012-12-15 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 37 ページ(500字/頁で計算) |
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時計屋へ直しに遣つてあつた八角形の柱時計が復た部屋の柱の上に掛つて、元のやうに音がし出した。その柱だけにも六年も掛つて居る時計だ。三年前に叔母さんが産後の出血で急に亡くなつたのも、その時計の下だ。
姉のお節は外出した時で、妹のお栄は箒を手にしながら散乱つた部屋の内を掃いて居た。斯の姉妹が世話する叔父さんの子供は二人とも男の児で、年少の方は文ちやんと言つて、六歳の悪戯盛りであつた。文ちやんが屋外からお友達でも連れて来ると、何時でも斯の通り部屋を散乱して了ふ。お栄は仏壇のある袋戸棚の下あたりを掃いて居ると、そこへ叔父さんが二階から下りて来た。
「子供は奈何したい。」
と叔父さんが聞いた。叔父さんは昼寝から覚めたばかりの疲れた顔付で居た。
「表へ遊びに行きました。」とお栄は物静かな調子で答へた。
「節は?」と復た叔父さんが聞いた。
「姉さんはお墓参り。」
「斯様な暑い日によくそれでも出掛けて行つたなあ。」と言つて、叔父さんは半ば独語のやうに、「お墓参りには叔父さんもしばらく行かないナ……」終に叔父さんは溜息を吐いた。部屋には片隅にある箪笥から其上に載せた箱の類まで、叔母さんが生きて居た時分とちつとも違はずに置いてある。唯、壁を黄色く塗り変へたので部屋の内がいくらか明るくなつたのと、縁先の狭い庭の一部を板の間にして子供の遊ぶ場所に造つたのと、違つたと言へばそれ位のものだ。叔母さんの眼を楽ませた庭の八手は幾本かあつた木が子供に酷い目に逢はされて、枯れて了つた。中で一本だけ威勢の好いのがズンズン生長して、その年も幹のうらのところに新しい若葉を着けて居る。叔父さんは縁先に出て、その葉の青い光を見て、復たお栄の方へ引返して来た。
「へえ、時計が出来て来たネ。」
と言ひながら叔父さんはしばらく柱の下に立つて、親しいものゝ面を仰ぐやうに、磨き直されて来た時計を見て居た。ネヂを掛ける二つの穴の周囲から羅馬数字を画いたあたりへかけて、手摺れたり剥げ落ちたりした痕が着いて、最早お婆さんのやうな顔の時計であつた。でもまだ斯うして音はして居る。硝子の蓋を通して見える真鍮色の振子は相変らず静かに時を刻んで居る。
「随分長くある時計だよ――叔母さんと一緒に初めて家を持つた時分から、あるんだからネ――阿部の老爺さん(叔母さんの父親)がわざ/\買つて提げて来て呉れた時計なんだからネ――」
斯うお栄に話し聞かせて、やがて叔父さんは流許で癖のやうに手や足を洗つて、復た二階へ上つて行つた。姉の結婚は次第に近づいて来て居た。お栄はそんなことを胸に浮べながら独りで部屋を片附け、それから勝手の方へ行つて笊の中に入れてあつた馬鈴薯の皮を剥き始めた。
昼頃に姉のお節は細い柄の洋傘と黄色な薔薇の花束を手にして帰つて来た。何時でもお節が墓参りに行くと、寺の近所の植木屋で何かしら西洋の草花を見つけて、それ…