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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5038
副題23 初音
23 はつね
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 中巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版
入力者上田英代
校正者kumi
公開 / 更新2003-09-22 / 2014-09-18
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

若やかにうぐひすぞ啼く初春の衣くば
られし一人のやうに    (晶子)

 新春第一日の空の完全にうららかな光のもとには、どんな家の庭にも雪間の草が緑のけはいを示すし、春らしい霞の中では、芽を含んだ木の枝が生気を見せて煙っているし、それに引かれて人の心ものびやかになっていく。まして玉を敷いたと言ってよい六条院の庭の初春のながめには格別なおもしろさがあった。常に増してみがき渡された各夫人たちの住居を写すことに筆者は言葉の乏しさを感じる。春の女王の住居はとりわけすぐれていた。梅花の香も御簾の中の薫物の香と紛らわしく漂っていて、現世の極楽がここであるような気がした。さすがにゆったりと住みなしているのであった。女房たちも若いきれいな人たちは姫君付きに分けられて、少しそれより年の多い者ばかりが紫の女王のそばにいた。上品な重味のあるふうをして、あちらこちらに一団を作っているこうした女房らは歯固めの祝儀などを仲間どうしでしていた。鏡餠なども取り寄せて、今年じゅうの幸福を祈るのに興じ合っている所へ主人の源氏がちょっと顔を見せた。懐中手をしていた者が急に居ずまいを直したりしてきまりを悪がった。
「たいへんな御祝儀なのだね、皆それぞれ違ったことの上に祝福あれと祈っているのだろうね。少し私に内容を洩らしてくれないか、私も祝詞を述べるよ」
 と微笑んで言う源氏の美しい顔を見ることが今年の春の最初の幸福であると人々は思っている。
 中将の君が言う。
「御主人様がたを鏡のお餠にも祝っております。自身たちについての祈りなどをいたすものでございません」
 朝の間は参賀の人が多くて騒がしく時がたったが、夕方前になって、源氏が他の夫人たちへ年始の挨拶を言いに出かけようとして、念入りに身なりを整え化粧をしたのを見ることは実際これが幸福でなくて何であろうと思われた。
「今朝皆が鏡餠の祝詞を言い合っているのを見てうらやましかった。奥さんには私が祝いを言ってあげよう」
 少し戯れも混ぜて源氏は夫人の幸福を祝った。

うす氷解けぬる池の鏡には世にたぐひなき影ぞ並べる

 これほど真実なことはない。二人は世に珍しい麗質の夫婦である。

曇りなき池の鏡によろづ代をすむべき影ぞしるく見えける

 と夫人は言った。どの場合、何の言葉にもこの二人は長く変わらぬ愛を誓い合うのであった。
 ちょうど元日が子の日にあたっていたのである。千年の春を祝うのにふさわしい日である。姫君のいる座敷のほうへ行ってみると、童女や下仕えの女が前の山の小松を抜いて遊んでいた。そうした若い女たちは新春の喜びに満ち足らったふうであった。北の御殿からいろいろときれいな体裁に作られた菓子の髭籠と、料理の破子詰めなどがここへ贈られて来た。よい形をした五葉の枝に作り物の鶯が止まらせてあって、それに手紙が付けられてある。

年月をまつに引かれて経る人…

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