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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5039
副題24 胡蝶
24 こちょう
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 中巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版
入力者上田英代
校正者kumi
公開 / 更新2003-09-25 / 2014-09-18
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

盛りなる御代の后に金の蝶しろがねの
鳥花たてまつる      (晶子)

 三月の二十日過ぎ、六条院の春の御殿の庭は平生にもまして多くの花が咲き、多くさえずる小鳥が来て、春はここにばかり好意を見せていると思われるほどの自然の美に満たされていた。築山の木立ち、池の中島のほとり、広く青み渡った苔の色などを、ただ遠く見ているだけでは飽き足らぬものがあろうと思われる若い女房たちのために、源氏は、前から造らせてあった唐風の船へ急に装飾などをさせて池へ浮かべることにした。船下ろしの最初の日は御所の雅楽寮の伶人を呼んで、船楽を奏させた。親王がた高官たちの多くが参会された。このごろ中宮は御所から帰っておいでになった。去年の秋「心から春待つ園」の挑戦的な歌をお送りになったお返しをするのに適した時期であると紫の女王も思うし、源氏もそう考えたが、尊貴なお身の上では、ちょっとこちらへ招待申し上げて花見をおさせするというようなことが不可能であるから、何にも興味を持つ年齢の若い宮の女房を船に乗せて、西東続いた南庭の池の間に中島の岬の小山が隔てになっているのを漕ぎ回らせて来るのであった。東の釣殿へはこちらの若い女房が集められてあった。竜頭鷁首の船はすっかり唐風に装われてあって、梶取り、棹取りの童侍は髪を耳の上でみずらに結わせて、これも支那風の小童に仕立ててあった。大きい池の中心へ船が出て行った時に、女房たちは外国の旅をしている気がして、こんな経験のかつてない人たちであるから非常におもしろく思った。中島の入り江になった所へ船を差し寄せて眺望をするのであったが、ちょっとした岩の形なども皆絵の中の物のようであった。あちらにもそちらにも霞と同化したような花の木の梢が錦を引き渡していて、御殿のほうははるばると見渡され、そちらの岸には枝をたれて柳が立ち、ことに派手に咲いた花の木が並んでいた。よそでは盛りの少し過ぎた桜もここばかりは真盛りの美しさがあった。廊を廻った藤も船が近づくにしたがって鮮明な紫になっていく。池に影を映した山吹もまた盛りに咲き乱れているのである。水鳥の雌雄の組みが幾つも遊んでいて、あるものは細い枝などをくわえて低く飛び交ったりしていた。鴛鴦が波の綾の目に紋を描いている。写生しておきたい気のする風景ばかりが次々に目の前へ現われてくるのであったから、仙人の遊戯を見ているうちに斧の木の柄が朽ちた話と同じような恍惚状態になって女房たちは長い時間水上にいた。

風吹けば浪の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎
春の池や井手の河瀬に通ふらん岸の山吹底も匂へり
亀の上の山も訪ねじ船の中に老いせぬ名をばここに残さん
春の日のうららにさして行く船は竿の雫も花と散りける

 こんな歌などを各自が詠んで、行く先をも帰る所をも忘れるほど若い人たちのおもしろがって遊ぶのに適した水の上であった。暮れかかるころ…

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