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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5041
副題26 常夏
26 とこなつ
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 中巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版
入力者上田英代
校正者砂場清隆
公開 / 更新2003-10-01 / 2014-09-18
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

露置きてくれなゐいとど深けれどおも
ひ悩めるなでしこの花   (晶子)

 炎暑の日に源氏は東の釣殿へ出て涼んでいた。子息の中将が侍しているほかに、親しい殿上役人も数人席にいた。桂川の鮎、加茂川の石臥などというような魚を見る前で調理させて賞味するのであったが、例のようにまた内大臣の子息たちが中将を訪ねて来た。
「寂しく退屈な気がして眠かった時によくおいでになった」
 と源氏は言って酒を勧めた。氷の水、水飯などを若い人は皆大騒ぎして食べた。風はよく吹き通すのであるが、晴れた空が西日になるころには蝉の声などからも苦しい熱が撒かれる気がするほど暑気が堪えがたくなった。
「水の上の価値が少しもわからない暑さだ。私はこんなふうにして失礼する」
 源氏はこう言って身体を横たえた。
「こんなころは音楽を聞こうという気にもならないし、さてまた退屈だし、困りますね。お勤めに出る人たちはたまらないでしょうね。帯も紐も解かれないのだからね。私の所だけででも几帳面にせずに気楽なふうになって、世間話でもしたらどうですか。何か珍しいことで睡気のさめるような話はありませんか。なんだかもう老人になってしまった気がして世間のこともまったく知らずにいますよ」
 などと源氏は言うが、新しい事実として話し出すような問題もなくて、皆かしこまったふうで、涼しい高欄に背を押しつけたまま黙っていた。
「どうしてだれが私に言ったことかも覚えていないのだが、あなたのほうの大臣がこのごろほかでお生まれになったお嬢さんを引き取って大事がっておいでになるということを聞きましたがほんとうですか」
 と源氏は弁の少将に問うた。
「そんなふうに世間でたいそうに申されるようなことでもございません。この春大臣が夢占いをさせましたことが噂になりまして、それからひょっくりと自分は縁故のある者だと名のって出て来ましたのを、兄の中将が真偽の調査にあたりまして、それから引き取って来たようですが、私は細かいことをよく存じません。結局珍談の材料を世間へ呈供いたしましたことになったのでございます。大臣の尊厳がどれだけそれでそこなわれましたかしれません」
 少将の答えがこうであったから、ほんとうのことだったと源氏は思った。
「たくさんな雁の列から離れた一羽までもしいてお捜しになったのが少し欲深かったのですね。私の所などこそ、子供が少ないのだから、そんな女の子なども見つけたいのだが、私の所では気が進まないのか少しも名のって来てくれる者がない。しかしともかく迷惑なことだっても大臣のお嬢さんには違いないのでしょう。若い時分は無節制に恋愛関係をお作りになったものだからね。底のきれいでない水に映る月は曇らないであろうわけはないのだからね」
 と源氏は微笑しながら言っていた。子息の左中将も真相をくわしく聞いていることであったからこれも笑いを洩らさないでは…

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