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三太郎の日記 第一
さんたろうのにっき だいいち |
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作品ID | 50422 |
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著者 | 阿部 次郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「合本 三太郎の日記」 角川文庫、角川書店 1950(昭和25)年3月15日 |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 山川 |
公開 / 更新 | 2011-08-12 / 2021-10-04 |
長さの目安 | 約 177 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの天地中央]
Es irrt der Mensch, solang er strebt.
[#改ページ]
自序
此類の書は序文なしに出版せらる可き性質のものではない。自分は自分の過去のために、小さい墓を建ててやるやうな心持で此書を編輯した。自分は自分の心から愛し且つ心から憎んでゐる過去のために墓誌を書いてやりたい心持で一杯になつてゐる。
此書に集めた數十篇の文章は明治四十一年から大正三年正月に至るまで、凡そ六年間に亙る自分の内面生活の最も直接な記録である。之を内容的に云へば、舊著「影と聲」の後を承けた彷徨の時代から――人生と自己とに對して素樸な信頼を失つた疑惑の時代から、少しく此信頼を恢復し得るやうになつた今日に至るまでの、小さい開展の記録である。自分は自分の悲哀から、憂愁から、希望から、失望から、自信から、羞恥から、憤激から、愛から、寂寥から、苦痛から促されて此等の文章を書いた。全體を通じて殆んど斷翰零墨のみであるが、如何なる斷翰零墨もその時々の内生の思出を伴つてゐないものはない。固より外面的に見れば、此等の文章の殆ど凡ては最も平俗な意味に於ける何等かの社會的動機に動かされて書いたものである。經濟上の必要や、友人の新聞雜誌記者に對する好意や、他人の依頼を斷りきれない自分の心弱さなどは、外から自分を動かして、此等の文章を書くための筆を握らせた。併し此等の外面的機縁は自分の文章の内容を規定する力をば殆ど全く持つてゐなかつた。自分は此等の外面的、社會的必要に應ずるために、常に内面的衝動の充實を待つてゐた。さうして内面的衝動の充實を待つて始めて筆を執つた。從つて自分は屡[#挿絵]經濟上の窮乏を忍んだり、締切の日に後れて他人に迷惑をかけたり、口約束ばかりで半年も一年も引張つて置いたりしなければならなかつた。此等の文章は外面的機縁によつて火を導かれたが、外面的動機の力を以つて爆發したものではない。固より此等の文章は悉く内面に蓄積する心熱の苦しさに推し出されたものだと云ふのは誇張である。併し書くに足る程の内面的成熟を待つて之を記録したと云ふだけの權利は、自分に許されてゐると信じてゐる。自分は此等の文章がまだまだ熱と力に缺けてゐることを熟知してゐる。併し、その時々に自分の人格に許された限りの誠實を盡して、此等の文章を書いたと云ふことだけは憚らない。
とは云へ、誠實の深さも亦人格の深さと始終する。自分は從來に於ける自分の文章を貫く誠實が、甚だ淺く輕いものなことを思ふ時、そゞろに冷汗の流れることを覺える。囘想すれば、事物の眞相に透徹せむとする誠實も淺かつた。自分の生活を深く/\穿ち行かむとする誠實も亦淺かつた。――從來、自分は比較的に論理的客觀的思考の力に富んだ者と、世間から許されてゐるやうな氣がしてゐた。さうして自分も亦深い反省なしに、…