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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5055
副題40 夕霧二
40 ゆうぎりに
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 中巻」 角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年11月30日改版
入力者上田英代
校正者柳沢成雄
公開 / 更新2004-03-30 / 2014-09-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

帰りこし都の家に音無しの滝はおちね
ど涙流るる        (晶子)

 恋しさのおさえられない大将はまたも小野の山荘に宮をお訪ねしようとした。四十九日の忌も過ごしてから静かに事の運ぶようにするのがいいのであるとも知っているのであるが、それまでにまだあまりに時日があり過ぎる、もう噂を恐れる必要もない、この際はどの男性でも取る方法で進みさえすれば成り立ってしまう結合であろうとこんな気になっているのであるから、夫人の嫉妬も眼中に置かなかった。宮のお心はまだ自分へ傾くことはなくても、「一夜ばかりの」といって長い契りを望んだ御息所の手紙が自分の所にある以上は、もうこの運命からお脱しになることはできないはずであると恃むところがあった。九月の十幾日であって、野山の色はあさはかな人間をさえもしみじみと悲しませているころであった。山おろしに木の葉も峰の葛の葉も争って立てる音の中から、僧の念仏の声だけが聞こえる山荘の内には人げも少なく、蕭条とした庭の垣のすぐ外には鹿が出て来たりして、山の田に百姓の鳴らす鳴子の音にも逃げずに、黄になった稲の中で啼く声にも愁いがあるようであった。滝の水は物思いをする人に威嚇を与えるようにもとどろいていた。叢の中の虫だけが鳴き弱った音で悲しみを訴えている。枯れた草の中から竜胆が悠長に出て咲いているのが寒そうであることなども皆このごろの景色として珍しくはないのであるが、折と所とが人を寂しがらせ、悲しがらせるのであった。
 夕霧は例の西の妻戸の前で中へものを言い入れたのであるが、そのまま立って物思わしそうにあたりをながめていた。柔らかな気のする程度に着馴らした直衣の下に濃い紫のきれいな擣目の服が重なって、もう光の弱った夕日が無遠慮にさしてくるのを、まぶしそうに、そしてわざとらしくなく扇をかざして避けている手つきは女にこれだけの美しさがあればよいと思われるほどで、それでさえこうはゆかぬものをなどと思って女房たちはのぞいていた。寂しい人たちにとってはよい慰安になるであろうと思われる美しい様子で、特に名ざして少将を呼び出した。狭い縁側ではあるが、他の女がまたその後ろに聞いているかもしれぬ不安があるために、声高には話しえない大将であった。
「もう少し近くへ寄ってください。好意を持ってくれませんか、この遠方へまで御訪問して来る私の誠意を認めてくだすったら、最も親密なお取り扱いがあってしかるべきだと思いますよ。霧がとても深くおりてきますよ」
 と言って、ちょっと山のほうをながめてから大将がぜひもっと近くへ来てくれと言うので、余儀なく鈍色の几帳を簾から少し押し出すほどにして、裾を細く巻くようにした少将は近くへ身を置いた。この人は大和守の妹で、御息所の姪であるというほかにも、子供の時から御息所のそばで世話になっていた人であったから喪服の色は濃かった。黒を重ねた上に黒…

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