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媒介者
ばいかいしゃ |
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作品ID | 50570 |
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著者 | 徳田 秋声 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「發禁作品集」 八雲書店 1948(昭和23)年9月1日 |
初出 | 「東亞文藝 第一卷第四號」1909(明治42)年4月 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 宮城高志 |
公開 / 更新 | 2010-10-08 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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青山夫人と自分と出來て了つた翌朝のこと二人の仲を取り持つた指井から電話が掛つてた。尤も明白地に指井とは云はぬ、『友人です、お掛りになれば分明ります。』とだけで名前を云はない。
『隨分變なお方ですね。』
と取り次いだ女中が言つた。
掛つてみると、電話口ながら何とやら冷かすやうな聲で、
『今日お出でになるでせう。』と
故意と鹿爪らしい調子で訊く。
『如何しやうかと思つてる所。或は行かないかも知れない。』
と自分も故意と毅然した聲で云ひ切つた。
『然ういはずと行つてやつて呉れたまへな、對手では既う一生懸命になつてるんだから。』
『然うかね。』
自分は電話臺に凭れたまゝ考へて居た、事實今日又出掛けやうか出掛けまいかの問題が未だ解決せられて居ないのだ。
何しろ昨日のことがあまり突然過ぎた。指井がその前日來て『明日閑か』と訊くから『閑だ』といふと『それぢや面白い所に連れて行かふ』と冗談半分言つたのが始まりだ。それから翌日になつて此方は待ち設けもせぬのに指井が約束の時刻にやつて來て『サア行かふ』と促す。行先は何處とも知らないが、只好奇心に驅られて、『態々連れて行かるゝかな』と笑ひながら後からついて行つた。水道橋から甲武線の電車に乘つて信濃町まで。其處から二丁となかつた。
斜に走つた黒板塀の三分の一程の所へ株木門があつて重いが音の低い潜戸が閉つて居る、それを入ると二三間して今度は音の高い格子戸、その右側の方の板塀に長方形の細い開き戸が付いて居るのをちらと見て家へ入つた。
『御免』と指井が親密さうに呼ぶと、出て來たのが三十位の婦人、それが青山夫人であつた。
物の二十分も指井が打ち解けた話をして、便所に立つと、『奧さん一寸』と呼んで、二間位先きの方で何か私々話をした。そして『僕一寸其所まで行つて來たいから少し此所で待つて居て呉れたまへ、遲くもお午までには歸つて來るから』と指井は匆々と出て行つた。
『ぢや僕も既う歸らう。』と少し掛引を見せてみたが、夫人は別段止めやうともしなかつた。と云つて自分も歸らうとはしなかつた。
それから二時間ばかりして、今度は眞實に歸るといふと、
『何日?』と夫人が訊く。
『明日。』と自分は出任せに答へた。
格子戸を開けた時、婦人は低い聲で『今度は其方から。』と開き戸を指した。
急いで又甲武線の電車に乘り込むと、丁度その時ドンが鳴つた。電車の中でも、一人呆氣に取られて居るやうな氣がした。
歸つて差支のない限りで友人に話すと『多分一種の色狂だらう』と是は又非道のことをいふ。
『それほどでもないがね、僕は只連れて行つた奴が怪しいと思ふんだ。何か曰くがあるに相違ない。』と自分は獨りで考へた。
『然うかも知れぬね。』
と友人は一向氣乘りがせぬ、渠に取つては然く氣乘りのすべき問題でなかつたかも知れぬ。
恁んな風で、昨日から今日へ掛けて考…