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震災日誌
しんさいにっし
著者喜田 貞吉
文字遣い新字新仮名
底本 「喜田貞吉著作集 第一四巻 六十年の回顧・日誌」 平凡社
1982(昭和57)年11月25日
初出「社会史研究 第一〇巻第三号」1923(大正12)年11月
入力者しだひろし
校正者富田晶子
公開 / 更新2020-09-01 / 2020-08-28
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 大正十二年九月一日関東地方に起った大地震は、未曾有の大災害を東京・横浜その他の都邑に及ぼした。いずれこの大変事については、新聞・雑誌が争うて精しい報道に努めるであろうし、また纏まった書物も後には少からず発行されることであろうから、一般のことはすべてこれを省略して、ただ自分が直接見聞関知したことのみを、今日から筆に任せて書きとめておこうと思う。
 九月一日夜、炎煙東京の半ばを蔽うの時、瓦落ち壁崩れた小石川東青柳町の宅にて。

●土塵濛々
 九月一日(土)震災第一日。『社会史研究』九月号の校正は一昨日をもって終え、十月号の編輯に着手したのは昨日の午後であった。「蝦夷の宝器鍬先の考」の一編はすでに出来ている。「伊勢人考」も旧稿を捻ねくって間に合わすこととして、いま一編短いものをと昨夕方から書斎に籠って、ほとんど夜を徹して寝床の中で、「紀伊に特有の何楠といふ人名」という小編を書き上げたのは朝の四時ごろであった。それからヤット眠りについて、九時ごろに起き出て、枕頭には例によって多くの参考書やら、寄稿家諸氏からお預りの原稿やらを、すべて開けっぱなしのままに、また寝床も延べっぱなしのままに、朝食後隣家の歯科医M君をお訪ねした。
 階上で同君と雑談に耽っていると、突然あの急激な地震に襲われたのだ。ここでちょっと断っておくが、同君のお宅は最近自分の監督のもとに新築したもので、この工事については自分はかねて東京の地震の多いのに顧慮し、職人らに笑われながらも柱間にうるさいほど筋交を入れさせたり、基礎工事に鉄筋を入れさせたりしたものであった。したがって倒壊するようなことなどは万々ないと信じている。しばらくM君と顔を見合わしていたが、揺れ方があまりに烈しく、なかなか止みそうにもない。屋根瓦が崩れ落ちる音、窓硝子の壊れ落ちる音が一時に四方に起る。たよりない自信はたちまち裏切られ、恐怖心に促されて前通りの工事中の電車道へ飛び出した。隣家の誰れ彼れ、皆一様に飛び出している。が、家族は一人も出ていない。道路から少し奥まった住宅の方を望むと、煙が濛々と高く立ち昇っている。さては火事かと突嗟のさいに思ってみたが、そう早く火のまわるはずがない。ともかく変事があったに相違ない、家族の安否いかんと、まだ揺り返しに踏む足もフラフラしながら屋内に飛び込んでみると、妻と次男以下の三子とは、書庫にしている石蔵の隅に、小さくなって固まっている。長男はおりから他出中なのだ。石蔵の中の本箱・箪笥・書棚、一つとして満足に立っているものとてはない。書斎は先年新築のこの石蔵と、古い土蔵との間の空地を利用して設けたものだが、ここに延べっぱなしにして置いた蒲団の上には、雑誌類をギッシリ詰め込んだ書棚が俯伏しに倒れて、その上へ古い土蔵の壁が崩れ落ちて、書き上げたままの原稿や、開けたままの多数の参考書や、その他の雑品とともにこ…

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