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さしみ
さしみ
作品ID50592
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣游記」 二見書房
1977(昭和52)年7月20日
入力者門田裕志
校正者塚本由紀
公開 / 更新2015-09-21 / 2015-05-25
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 人間は、だれしもおいしい物を食べているときが一番楽しいのではないかと思う。おいしい物といっても人の好みにより、人の舌の経験によって、いろいろちがうのであろうが、私はさしみをもっともおいしいと思って食べているのである。
 しかし、さしみといえばどこの料理屋へ行っても、魚屋が持ってくるものはめじまぐろ、しびまぐろ、かじきまぐろ、かつお、たい、ひらめ、ふぐなどばかりで、これらには、舌があいてしまっておいしく感じない。おいしく感ずるのは、なんといってもくじらのさしみである。くじらの肉は腰のあたりがひどくおいしく、なかんずく白ながすくじらといわしくじらが絶品である。くじらは、腐敗するのが早いために、とれた現地で食べるのがおいしく、東京へ持ってきたのはおいしくないと思う。
 私は、まだ南極へ行ったことがないから南極の白ながすくじらの美味を現地で味わったことはないけれど、先年宮城県金華山沖百七十海里でとれたいわしくじらの腰肉のさしみには、そのおいしさに一驚を喫した。まぐろの半とろと、牛のひれ肉のような脂肪のきめが肉の間に現われていて、まぐろよりも牛肉よりも、その味に高い気品とやわらかみを持っている。
 その味が忘れられず、その後牡鹿半島の鯨港鮎川町へいわしくじらの生の腰肉をたのみ東京へ送らせて味わったけれど、鯨船の上で食べたほどには感じなかったのである。
 川魚のさしみでおいしいと思うのは、あゆである。一尾三十匁前後のあゆを三枚におろしてさしみとなし、これをかこい雪の上にのせて食べると、口中の爽涼たとえん方なしである。ことに新潟県の信濃川の支流で小出島の地先を流れる魚野川のあゆは香気といい、脂肪といい、肉のうま味といい、これに匹敵するあゆは全国に数が少い。
 かじか(鰍)のそぎ身も、すてきである。かじかは北陸方面ではごり(鮴)といっているが、形は大きいので四、五寸、ふつうは三寸前後の小さな淡水魚である。一月から三月にかけてが産卵期で、水の冷たいうちがさしみとしておいしく、人によってはあめ煮とか甘露煮がおいしいというけれど、私はそぎ身にして酢みそで食べるのがもっとも魅力があると思う。
 海の魚では、秋の貝割が雅味があると思う。貝割という魚は大きさ二百匁前後、鰺科に属していて相模湾に多くすむ。伊豆の網代へつりに行くと夏の終りから秋にかけて、よくつれるのである。さしみが第一等で、煮ざかなにしてもよろしく骨離れが快く、肉は軽い。
 寒中のまとだいも棄て難いものである。このさしみには、たいもひらめも遠く及び難く、これも相模湾に多く国府津の沖合いでとれる。歯にしこしこと当って、肉の味に甘みがこもって、なんとも称し難いのである。



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