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アンコウの味
アンコウのあじ
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣游記」 二見書房
1977(昭和52)年7月20日
入力者門田裕志
校正者きゅうり
公開 / 更新2019-07-04 / 2019-06-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 数日前ちょっと閑があったから、水戸の常盤公園へ観梅に出かけて行った。しかし、水戸は湘南地方と違い寒国であるから、梅のつぼみはいまなお固く、つえひく人の風情も浅かった。
 けれども、ひどくおいしい料理をさかなにして一杯やってきた。その料理というのはアンコウの共酢である。あの、黄カッ色を呈したアンコウの肝を蒸してこれをスリバチですりつぶし、酢と少量の砂糖を加えてかきまぜ、これにアンコウの白肉の蒸したものを薄く切って、附けて食うのだが、これはいける。おかげさまで、まことにおいしく酒がのどへすべり込んだ。
 東京近県でとれるアンコウは、肝が素晴らしく大きい上に、味がよろしいのであるが、東北方面へ行くほどその海でとれるアンコウの肝は小さく、そして味がよろしくない。そこで、くちさがない魚河岸の若い者などは、胆玉の小さい者を指して、あれは陸奥のアンコウだといったものである。
 味は結構だが、形はグロの魚である。体の前面いっぱいに占める大きな口を持ち、アンコウ骨が体の過半を取りまわし、ウロコなく粘液でおおわれ、イボのような突起があり、泥カッ色に淡カッ色のハン点があるところは、陸上をはいまわるガマにホウフツとしている怪物。怪物であっても、その性生活を見るとはなはだシャレている。生物学界の長老東大の岡田要理博の研究によると、深海にすむリノヒリネ・アルジレスカと呼ぶアンコウの一種の雄は、雌に比べるとそのからだの大きさが十分の一もない。
 そして、出っ歯の持主である。そこで雌に出会うと、雌の下腹部にその出歯を引っ掛け、さらにその皮膚に吸いつくが、永らく吸いついているうちに、雌の腹部の皮膚と雄のくちびるとがくっついてしまうのだ。つまり、雄の体は雌の体の一部となって血液の輸送を受けるからエサを食べないでも生きて行けることになる。従って働く必要がなくなる。まず、髪結いの御てい主さんというところだろう。
 だが、一つの使命を持っている。また一つの財産を持っている。それは、精ノウだ。雌に配偶を求める季がくると、雄は雌の下腹部にぶら下っている位置を利用してその精ノウから精を放出し卵に与えるだけが唯一の仕事である。アンコウの雄の一生は、まことに安楽だ。
 岡田博士という学者は、いろいろのことを研究している人である。一つの動物のその性を雄から雌に変え雌から雄に変える研究に成功している。すなわちこれは、雌の卵巣を除去してそこへ精ノウを移植すれば、幾日かの後には変性するという次第なのだ。雄を雌に変性させることも同じ方法でよろしい。
 ところでわたしは、先日解剖学の権威東大の緒方医博に会ったとき、人間の性を変えることはできないかと問うたら緒方医博は、人間も下等動物に対するのと同じ方法で変性させることができる。しかし人間は高等動物であるから組織が複雑で卵巣や精ノウを他へ移植しても、神経、血管、筋肉などを…

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