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夜の黒鯛
よるのくろだい
作品ID50615
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣游記」 二見書房
1977(昭和52)年7月20日
入力者門田裕志
校正者きゅうり
公開 / 更新2019-06-18 / 2019-05-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 品川沖道了杭夜の黒鯛釣は、夏の暑熱を凌ぐにこれほど興味豊かな遊びはない。焼けつく都塵を避けて品川、金杉、築地、月島、神田川などの舟宿へ行けば午後三時頃からもう舟は出漁の準備をしている。南の海風は波頭を舟の舳に打たせて涼気肌に迫る。お台場から東南の道了杭につけると、先頭着の舟は見通せない程並んで、互に好適の釣場を選んでいる。
 先に河岸を突いた舟は竿を弓のように曲げて黒鯛と引張りこをしているのを見る。四時頃にはもう黒鯛が杭のまわりで餌をあさり始めているのだ。七月二十日前後からよく食い始める。その前からもぽつぽつ釣れていたのであるが、数多く釣れ出したのは最近である。殊に二十日夜が最もよく一舟五十余尾を上げたのさえあった。
 しかし今のところまだ形は小さい。二歳の二十匁から三十匁位のもので、時に三歳から四歳がまじるが、これはまれである。形は小さいといっても、江戸前の黒鯛が二、三十尾も釣れれば素晴らしい。結構な御馳走だ。塩焼にも、うしおにも、一塩の干物にも、家族を喜ばすに足りるだろう。
 道了杭の釣には新杭と旧杭の釣方があるが今年は新杭の方が盛んだ。竿に二間半調子の軟かいもの、穂先は殊に軟かくする。ハヤ竿でも間に合う。道糸は人造の二厘柄位のもの、竿より二、三尺長くするのである。鈎素は磨き上等テグスの一厘半から二厘位にして、長さは錘下五寸位がいい。鈎素を短くするというのは、捨石に鈎が引っ掛って一夜に十本も十五本も失うからなるべく引っ掛らないようにする用意である。錘はカミツブシの中形一個でよかろう。
 餌は今のところ袋イソメが一番効果がある。鈎はカイズ形三、四分、竿を振り込んでから潮上へ静かに餌を引いて行くようにするのであるが、舟の位置の都合でそれが出来ない時は横に杭の頭と捨石を探るように引いてもよろしい。魚の当りは極めて微妙である。この当りを見のがすと釣れない。当りを知ったら一呼吸送っておいて軽く鈎合せをやると掛っている。小形なら直ぐ上るが、大物になるとなかなか出て来ない。竿を弓のようにたわめて横にし、次第に舷へ引いて来て手網ですくうのである。
 旧杭の釣には大物が出る。従って竿も二間半のしっかりしたものでなければならない。道糸は竿より短く八尺位にして鈎素も太く四、五厘にして二尺位、錘はカミツブシ一つまたは二つ付け、鈎は新杭と同じである。餌は袋イソメや赤虫を使うが立秋後にカニ、シャコなども使う。旧杭の釣は土用過ぎになってからがほんとうの季節である。
 新杭は今のところ二歳の黒鯛が大部分を占めているが、これからは次第に形が大きくなるから糸を太くせねばならない。舟賃は二人乗で大概四円見当に、餌は一舟一円から一円五十銭位持って行かねばならないのである。



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