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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5070
副題55 手習
55 てならい
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 下巻」 角川文庫、角川書店
1972(昭和47)年2月25日改版
入力者上田英代
校正者砂場清隆
公開 / 更新2005-03-13 / 2014-09-18
長さの目安約 86 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

ほど近き法の御山をたのみたる女郎花
かと見ゆるなりけれ    (晶子)

 そのころ比叡の横川に某僧都といって人格の高い僧があった。八十を越えた母と五十くらいの妹を持っていた。この親子の尼君が昔かけた願果たしに大和の初瀬へ参詣した。僧都は親しくてよい弟子としている阿闍梨を付き添わせてやったのであって、仏像、経巻の供養を初瀬では行なわせた。そのほかにも功徳のことを多くして帰る途中の奈良坂という山越えをしたころから大尼君のほうが病気になった。このままで京へまで伴ってはどんなことになろうもしれぬと、一行の人々は心配して宇治の知った人の家へ一日とまって静養させることにしたが、容体が悪くなっていくようであったから横川へしらせの使いを出した。僧都は今年じゅう山から降りないことを心に誓っていたのであったが、老いた母を旅中で死なせることになってはならぬと胸を騒がせてすぐに宇治へ来た。ほかから見ればもう惜しまれる年齢でもない尼君であるが、孝心深い僧都は自身もし、また弟子の中の祈祷の効験をよく現わす僧などにも命じていたこの客室での騒ぎを家主は聞き、その人は御嶽参詣のために精進潔斎をしているころであったため、高齢の人が大病になっていてはいつ死穢の家になるかもしれぬと不安がり、迷惑そうに蔭で言っているのを聞き、道理なことであると気の毒に思われたし、またその家は狭く、座敷もきたないため、もう京へ伴ってもよいほどに病人はなっていたが、陰陽道の神のために方角がふさがり、尼君たちの住居のほうへは帰って行かれぬので、お亡れになった朱雀院の御領で、宇治の院という所はこの近くにあるはずだと僧都は思い出し、その院守を知っていたこの人は、一、二日宿泊をさせてほしいと頼みにやると、ちょうど昨日初瀬へ家族といっしょに行ったと言い、貧相な番人の翁を使いは伴って帰って来た。
「おいでになるのでございましたらがらっとしております寝殿をお使いになるほかはございませんでしょう。初瀬や奈良へおいでになる方はいつもそこへお泊まりになります」
 と翁は言った。
「それでけっこうだ。官有の邸だけれどほかの人もいなくて気楽だろうから」
 僧都はこう言って、また弟子を検分に出した。番人の翁はこうした旅人を迎えるのに馴れていて、短時間に簡単な設備を済ませて迎えに来た。僧都は尼君たちよりも先に行った。非常に荒れていて恐ろしい気のする所であると僧都はあたりをながめて、
「坊様たち、お経を読め」
 などと言っていた。初瀬へついて行った阿闍梨と、もう一人同じほどの僧が何を懸念したのか、下級僧にふさわしく強い恰好をした一人に炬火を持たせて、人もはいって来ぬ所になっている庭の後ろのほうを見まわりに行った。森かと見えるほど繁った大木の下の所を、気味の悪い場所であると思ってながめていると、そこに白いものの拡がっているのが目にはいった。あれは何…

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