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唇のねじれた男
くちびるのねじれたおとこ
作品ID50712
原題THE MAN WITH THE TWISTED LIP
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者大久保 ゆう
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2009-12-01 / 2014-09-21
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 アイザ・ホイットニ、聖ジョージ神学校校長で亡きイライアス・ホイットニ神学博士の弟君であるが、そのころは阿片に溺れていた。この悪癖が身に付いたのは学生時代のちょっとしたおふざけかららしい。ド・クインシの書いた夢や興奮を読んで、試しに煙草を阿片丁機に浸してみると、同じ効果が得られたというわけだ。だが多くのものの例に漏れず、始めるのは易しいがやめるのは難しいとやがて気づき、長年のあいだ薬の奴隷となりつづけて、友人や親類から、恐れと哀れみの入り交じった目で見られるのだった。当時の本人から見て取れるのは、血の気の失せた土気色の顔に、垂れ下がった瞼、開ききった瞳孔で、椅子に座ったまま身体を丸める姿は、落ちぶれた上流の人間そのものであった。
 ある晩――八九年の六月のことだが――我が医院の呼び鈴が鳴った。おおよそ人が欠伸でも始め、時計でも見やるような時刻のことだった。私は椅子から身を起こし、妻の方はその針仕事を膝の上に置いて、いささかやれやれという顔をした。
「患者ね!」と妻が言う。「お出にならなきゃ。」
 私はうなった。一日たっぷり仕事にいそしんで、帰ってきたばかりなのだった。
 扉の開く音が聞こえ、早口の言葉と、そのあとリノリウムの床をせかせかと歩く音。今いる部屋の戸が開け放たれると、喪服に黒い面紗という装いの女性が室内に入ってきた。
「夜分遅くに申し訳ありません。」というと、女性はそこで緊張の糸が切れたのか、私の妻に飛びつくと、首に手を回しながら肩を震わせ咽び泣く。「もう、私には無理!」と叫び、「少しでいいから力を貸して。」
「まあ。」と妻はその女性の面紗をめくって、「ケイト・ホイットニじゃないの、驚いた。ケイト、誰が入ってきたのかと思ったら。」
「どうしたらいいか分からなくて、それでまっすぐあなたのところへ。」いつものことだった。困ったことがあると、人は妻のところにやってくる。灯台に集まる鳥のようだ。
「いつでも大歓迎よ。まずはワインとか水でも口にして、腰を下ろして落ち着いたら、事の次第をお話ししてね。ジェイムズには先に寝ててもらった方がいいかしら?」
「あっ、違うの! お医者さまの助けも必要なの。アイザのことで。もう二日も家を空けてて。もう心配で心配で!」
 これが初めてではなかった。この女性が厄介な夫の相談を持ち込んでは、私は医者として、妻は昔からの友人として学友として、その話を聴くのであった。私たちは思いつくだけ言葉をかけて、その女性をなだめた。夫の居場所を知っているのだろうか。そして連れ戻してほしいということだろうか。
 どうやらその通りらしい。近ごろ発作を起こすと、中心区の東端にある阿片窟を利用する。客人によれば間違いないということだ。これまでは耽るにしても昼のうちだけというのが常であって、夜になると、たとえ震えてがたがたしていても帰ってくるのだという…

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