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土色の顔
つちいろのかお |
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作品ID | 50714 |
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原題 | THE YELLOW FACE |
著者 | ドイル アーサー・コナン Ⓦ |
翻訳者 | 大久保 ゆう Ⓦ / 三上 於菟吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 大久保ゆう |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2009-12-07 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 34 ページ(500字/頁で計算) |
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公表せんとして、このような短編を膨大な事件の山から選んで書く際の話だ。そういった事件では、我が友人の類稀なる才能のために、私は否応なく不思議な舞台の観客となり、時によってはその登場人物となってしまう。そのせいで書く際には我知らず失敗談よりも成功談が多くなる。だが何も彼の名声のためではない――正直なところ、思案に余るような場合こそ、彼の力とその器の大きさに賞賛を送りたくなるのだが――まともな理由としてはやはり、彼が失敗するときは誰であろうとうまくいかず、話は永遠に結末へ至らぬままというのが大半であるからだ。しかしながら、時として、推理は間違っているのに、それでも真相が明らかになるということがたまにある。この種の事件は六つほど書き留めてあるが、『第二の血痕』とこれからお話しする物語のふたつが、もっとも興味深い一面を見せてくれる。
シャーロック・ホームズという男は、運動のための運動は滅多にしなかった。だが、はげしい肉体労働に彼ほど耐えうる人間はほとんどなく、また確かに同じ重量級では、私の見たうちでも拳闘家として一流の部類に入るだろう。目的もなく体を動かすのは力の浪費であるとし、発揮するのは職業上役に立つという狙いがあるとき以外ほとんどない。それでいて疲れをまったく知らない。本来なら普段の鍛練を積まねばならぬはずなのだが、日々の食事もきわめて質素で、生活ぶりも厳格に過ぎるほど慎ましい。時折コカインを飲む以外の悪癖はなく、その薬物とて、事件が冴えなかったり、新聞に惹かれるものがなかったりして、日々に変化がないときに頼るに過ぎない。
早春のある日、ホームズはのんびりとした気持ちで散歩に出、私も同行してリージェント・パークをぶらついた。楡の木から緑の若芽が吹き出しかけ、栗の木のぬめりとする枝先からはちょうど五つに重なる葉をつけ始めたところだった。二時間近く一緒に歩き回ったが、ろくに会話もしなかった。お互い勝手を知り合った仲だから、この方がちょうどいい。五時になろうという頃、我々は再びベイカー街へ戻ってきた。
「すいません。」と戸を開けたとき小間使いの少年が言う。「お留守のあいだに男のお客さまがありました。」
ホームズはしまったというふうに私に目をやる。「これだから午後の散歩は。」とこぼし、「もうその人は帰ったのか?」
「はい。」
「中でお待ちするようにとは?」
「いえ、中へお通ししたんです。」
「どのくらい待っていた?」
「三十分ほどです。とてもせっかちな方で、ここにいらっしゃるあいだ始終、歩き回ったり足踏みしておられて。僕は部屋の外でお待ちしていたのですが、それでもわかるくらいで。ですがとうとう廊下にお出になって、『もう、帰ってこないじゃないか』と、そうその方はおっしゃいました。『もうほんの少しだけお待ちいただけますか』と申し上げますと、その方は『じゃあ外で待ちま…