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患者兼同居人
かんじゃけんどうきょにん
作品ID50715
原題THE RESIDENT PATIENT
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者大久保 ゆう / 三上 於菟吉
文字遣い新字新仮名
入力者
校正者
公開 / 更新2009-12-07 / 2014-09-21
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 それなりに種々雑多な記録をひと通り思い浮かべて、我が友人シャーロック・ホームズ特有の知性をいくらか説明しようと思うのだが、今、私は悩んでいる。希望を完全に満たしてくれるような具体例がなかなか見つからないのだ。というのも、ホームズが分析的推理を見事に発揮した事件や、その独特の捜査方法の真価を見せつけたような事件というのは、しばしばその真相そのものがあまりにも薄っぺらで陳腐なものであるため、わざわざ世間の皆様にお伝えすべきこととも思えないからだ。一方で、手がけた事件のなかでも数少ない、図抜けてめずらしい劇的なものというのは、決まってそうなるのだが、私が伝記作家として欲しいと思っているにもかかわらず、本人が事件解決の仕事ぶりをあまり話してくれない。私が以前『緋のエチュード』と題して記録したささやかな本や、そののちのグローリア・スコット号の消失に関する一編は、語り部を永遠に脅かす岩のスキラと渦のカリブディスのよい例になるかもしれない。ひょっとすると、私がこれから語る出来事において、我が友人の果たした役割はあまり中心的でないかもしれない。それでもなお、事の次第がめずらしいものであるので、この連載から完全に割愛する気にはどうしてもなれないのだ。
 正確な日付に自信はない。この事件についての備忘録をなくしてしまったからだが、ホームズと私がベイカー街で同居していた最初の期間の終わり頃であったに違いない。一〇月の天気も大荒れで、ふたりとも一日中、部屋に閉じこもっていた。私は体調がすぐれなかったので、厳しい秋風にさらされては大変と思っていたからなのだが、ホームズの方は難しい化学の研究といったものに没頭しており、それに取り組んでいるあいだはまったく他のことを忘れてしまうからだった。だが夜に差し掛かる頃、一本の試験管が割れ、実験が頓挫してしまった。ホームズは我慢ならないとばかりに声を上げて椅子から立ち上がり、晴れぬ顔をする。
「一日の努力が無駄になったよ、ワトソン。」とホームズは窓の方へつかつかと歩く。「ほう! 星が出て、風も凪いでいる。どうだろう、ロンドンを巡り歩くというのは?」
[#挿絵]
 私もこの小さな居間にうんざりしていたので、喜んでうなずいた。三時間ふたりで辺りをふらついた。フリート街やストランド街を通って、満ち干きするように絶えず変わりゆく人生の万華鏡を眺めた。細部を鋭く観察して巧みに推理する、ホームズにしかできない雑談だが、私は大いに楽しみ、心奪われた。ベイカー街に帰宅したのは一〇時過ぎ、ブルーム型馬車が戸口に停まっていた。
「ふむ! 医者か――全科診療の開業医と見た。」とホームズは言う。「開業して日は浅いが、結構はやっている。相談事がある、ということか! いいところに帰ってきた!」
 私はホームズの推理方法についてそれなりに知っているので、その推理を追うことがで…

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