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人格を認知せざる国民
じんかくをにんちせざるこくみん |
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作品ID | 50728 |
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著者 | 新渡戸 稲造 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「新渡戸稲造論集」 岩波文庫、岩波書店 2007(平成19)年5月16日 |
初出 | 「道 五七号」日本教会、1913(大正2)年1月1日 |
入力者 | 田中哲郎 |
校正者 | ゆうき |
公開 / 更新 | 2010-07-29 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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一
道友会へ出席するのは、今夕で二回目ですが会員になることを許されたのを、私も有難い事と常に感謝している。道友会は心の善いものを集めて一所に話をしようという趣意で起ったものと承知している、今も出かけに、家内がドコへ行くと聞くから、道友会へ行くと答え、道友会とは何んだというから、心の善いものの会じゃと答えたら、ソウか、お前も心の善い人の中かと笑う、私も笑うて出て来たような次第です。
殊に今夕のように、皆様がお揃で私を歓迎して下さるのは、私にとりては実に有難い。かく申ても、私の心情をお話しないと、有難いというのが、ただ表向の挨拶のように聞こえましょうが……。
御承知の通り、日米の関係が四、五年来妙になっておる。ソコで講師の交換でもすれば、幾分か両者間の誤解を釈く一助にもなろうかと考えるものがあるに至った。最初この事をいい出したのは米国側で、ある米人からある富豪が出資して、米国から第一流の人物、例えばルウズベルトの如き人物を送るから、日本からこれと交換に第一流の人物、例えば東郷大将の如きを送ってくれるかどうかと、掛合うて来た。この掛合に接して、日本の政府は、話があまり大き過ぎるから、実行が六つかしいと考え、かつは真面目な計画であるかドウかと疑うて返答をせずにいた。ところが暫らく立てから、同じ人から、貴国からの返事が遅いものだから、先きに出資を申出た富豪がモウ出資を見合せるといい出した、右の次第だから御返事には及ばぬといって来た。ソコで日本政府も、始めて真面目の計画であったことを承知し、ソレではと盛り返した。始めに第一流の人物を交換したのでは後が六ずかしい、始めは二流、三流、もしくば四流で交換してはドウかと返事を出した。先方もこれに同意をして、ソレでは最初はヨイ加減のものをということで、私が第一に行くことになったのでした。
さて私は米国へ行て六ヶ所の大学で講演し、その外、教育会、婦人会、実業団体等、様々の会へ招待されて演説し、一切で百四十四回演壇に立った。紐育に於ての如きは、今日はトテも起きられぬと思うたことが二回もあった、ソレでも無理に起きて、冷水摩擦をやったり葡萄酒で元気をつけたりして、一度も違約したことなく、任務を下手ながらも尽して帰った。しかるに帰ってみると、ブラブラしていたとか、帰りようが遅いとか、あるいは日本の悪口をいったとかなぞと、上はその筋より、下は新聞雑誌より非難されている。その際に皆様が歓迎して下さるのは、私にとりては実に有難い。世間ではかれこれいうが、吾々は見る所が違うぞ、失望するなと、いう趣意で、この歓迎会をお開き下されしことは、全く感謝の念に堪えません。
二[#「二」は底本では「一」]
私は米国へ七度行きましたが、この度は一つの任務を以て行ったので、従前六回見た社会とは違う社会、即ち上流社会、もしくば中流の上ともいうべき社会…