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しっぺい太郎
しっぺいたろう
作品ID50755
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者officeshema
公開 / 更新2022-11-04 / 2022-10-31
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 むかし、諸国のお寺を巡礼して歩く六部が、方々めぐりめぐって、美作国へまいりました。だんだん山深く入っていって、ある村の中に入りますと、何かお祝い事があるとみえて、方々でぺんたらこっこ、ぺんたらこっこ、もちをつく音がしていました。
 するとその中で一けん、相応にりっぱな構えをした家が、ここだけはきねの音もしず、ひっそりかんと静まりかえっていました。家の中からは、かすかにすすり泣きをする声さえ聞こえてきました。
 六部は「はてな。」と首をかしげながら、そのまま通りすぎていきますと、村はずれに一けんの茶店がありました。六部は茶店に休んで、お茶を飲みながら、おばあさんを相手にいろいろの話をしたついでに、
「おばあさん、おばあさん。この村には何かお祭りでもあるのかね。だいぶにぎやかなようじゃあないか。だがその中で一けん、大そう陰気に沈みこんだ家があったが、あれは親類に不幸でもあったのかね。」
 と聞きました。するとおばあさんは、お茶盆を手に持ったまま、
「まあ、それはこういうわけでございますよ。あなたは方々の国々をお回りですから、たぶん御存じでしょうが、この村でも年々、それ、あそこにちょっと高い山がございましょう、あの山の上の神さまに、人身御供を上げることになっているのでございます。」
 こういって、向こうにこんもり森のしげった山を指さしました。
「ふん、それでなぜお祝いをするのだろう。」
 と六部はたずねました。
「それはこういうわけでございます。あの山には昔から、どういう神さまをまつったのですか、古い古いお社がございます。年々秋のみのり時になりますと、この神さまの召し上がり物に、生きている人間を一人ずつ供えないと、お天気が悪くなって、雨が降ってもらいたいときには降らないし、日の照ってもらいたいときにも照りません。その上いつ荒らされるとなく田畑を荒らされて、その年の取り入れをふいにしてしまうものですから、しかたなしに毎年人身御供を上げることにしてあります。そして人身御供に上げられる者も、一切神さまのお心まかせで、神さまが今年はここの家の者を取ろうとおぼしめすと、その家の屋根の棟に白羽の矢が立ちます。矢の立つ家はきっと若いきれいな娘のある家に限っております。そして一度矢が立った以上、たとえ一粒種の大事な娘でも、七日のうちには長持に入れて、夜おそくお社の前まで担いでいって、さし上げるとすぐ、後を振り返らずに帰って来なければなりません。こういうわけですから、年ごろの娘を持った家は、毎年その時分になると、今年は白羽の矢が立つのではないかと思って、びくびくふるえておりますが、いよいよどこかのうちに矢が立ったときまると、まあまあよかった、今年ものがれたといって、おもちをついてお祝いをいたしますが、矢の立った家こそ、それはみじめなもので、もうその日からうち中が娘を真ん中に…

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