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さいかち淵
さいかちぶち
作品ID50763
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「イーハトーボ農学校の春」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年3月25日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-10-07 / 2023-07-08
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

八月十三日

 さいかち淵なら、ほんとうにおもしろい。
 しゅっこだって毎日行く。しゅっこは、舜一なんだけれども、みんなはいつでもしゅっこという。そういわれても、しゅっこは少しも怒らない。だからみんなは、いつでもしゅっこしゅっこという。ぼくは、しゅっことは、いちばん仲がいい。きょうもいっしょに、出かけて行った。
 ぼくらが、さいかち淵で泳いでいると、発破をかけに、大人も来るからおもしろい。今日のひるまもやって来た。
 石神の庄助がさきに立って、そのあとから、練瓦場の人たちが三人ばかり、肌ぬぎになったり、網を持ったりして、河原のねむの木のとこを、こっちへ来るから、ぼくは、きっと発破だとおもった。しゅっこも、大きな白い石をもって、淵の上のさいかちの木にのぼっていたが、それを見ると、すぐに、石を淵に落して叫んだ。
「おお、発破だぞ。知らないふりしてろ。石とりやめて、早くみんな、下流へさがれ。」そこでみんなは、なるべくそっちを見ないようにしながら、いっしょに下流の方へ泳いだ。しゅっこは、木の上で手を額にあてて、もう一度よく見きわめてから、どぶんと逆まに淵へ飛びこんだ。それから水を潜って、一ぺんにみんなへ追いついた。
 ぼくらは、淵の下流の、瀬になったところに立った。
「知らないふりして遊んでろ。みんな。」しゅっこが云った。ぼくらは、砥石をひろったり、せきれいを追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしていた。
 向うの淵の岸では、庄助が、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて、砂利の上へ座ってしまった。それからゆっくり、腰からたばこ入れをとって、きせるをくわいて、ぱくぱく煙をふきだした。奇体だと思っていたら、また腹かけから、何か出した。「発破だぞ、発破だぞ。」とぺ吉やみんな叫んだ。しゅっこは、手をふってそれをとめた。庄助は、きせるの火を、しずかにそれへうつした。うしろに居た一人は、すぐ水に入って、網をかまえた。庄助は、まるで電車を運転するときのように落ちついて、立って一あし水にはいると、すぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこんだ。するとまもなく、ぼぉというようなひどい音がして、水はむくっと盛りあがり、それからしばらく、そこらあたりがきぃんと鳴った。練瓦場の人たちは、みんな水へ入った。
「さあ、流れて来るぞ。みんなとれ。」としゅっこが云った。まもなく、小指ぐらいの茶いろなかじかが、横向きになって流れて来たので、取ろうとしたら、うしろのほうで三郎が、まるで瓜をすするときのような声を出した。六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのだった。「だまってろ、だまってろ。」しゅっこが云った。
 そのとき、向うの白い河原を、肌ぬぎになったり、シャツだけ着たりした大人や子どもらが、たくさんかけて来た。そのうしろからは、…

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