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二人の役人
ふたりのやくにん
作品ID50765
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「イーハトーボ農学校の春」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年3月25日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-10-07 / 2023-07-08
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 その頃の風穂の野はらは、ほんとうに立派でした。
 青い萱や光る茨やけむりのような穂を出す草で一ぱい、それにあちこちには栗の木やはんの木の小さな林もありました。
 野原は今は練兵場や粟の畑や苗圃などになってそれでも騎兵の馬が光ったり、白いシャツの人が働いたり、汽車で通ってもなかなか奇麗ですけれども、前はまだまだ立派でした。
 九月になると私どもは毎日野原に出掛けました。殊に私は藤原慶次郎といっしょに出て行きました。町の方の子供らが出て来るのは日曜日に限っていましたから私どもはどんな日でも初蕈や栗をたくさんとりました。ずいぶん遠くまでも行ったのでしたが日曜には一層遠くまで出掛けました。
 ところが、九月の末のある日曜でしたが、朝早く私が慶次郎をさそっていつものように野原の入口にかかりましたら、一本の白い立札がみちばたの栗の木の前に出ていました。私どもはもう尋常五年生でしたからすらすら読みました。
「本日は東北長官一行の出遊につきこれより中には入るべからず。東北庁」
 私はがっかりしてしまいました。慶次郎も顔を赤くして何べんも読み直していました。
「困ったねえ、えらい人が来るんだよ。叱られるといけないからもう帰ろうか。」私が云いましたら慶次郎は少し怒って答えました。
「構うもんか、入ろう、入ろう。ここは天子さんのとこでそんな警部や何かのとこじゃないんだい。ずうっと奥へ行こうよ。」
 私もにわかに面白くなりました。
「おい、東北長官というものを見たいな。どんな顔だろう。」
「鬚もめがねもあるのさ。先頃来た大臣だってそうだ。」
「どこかにかくれて見てようか。」
「見てよう。寺林のとこはどうだい。」
 寺林というのは今は練兵場の北のはじになっていますが野原の中でいちばん奇麗な所でした。はんのきの林がぐるっと輪になっていて中にはみじかいやわらかな草がいちめん生えてまるで一つの公園地のようでした。
 私どもはそのはんのきの中にかくれていようと思ったのです。
「そうしよう。早く行かないと見つかるぜ。」
「さあ走ってこう。」
 私どもはそこでまるで一目散にその野原の一本みちを走りました。あんまり苦しくて息がつけなくなるととまって空を向いてあるきまたうしろを見てはかけ出し、走って走ってとうとう寺林についたのです。そこでみちからはなれてはんのきの中にかくれました。けれども虫がしんしん鳴き時々鳥が百疋も一かたまりになってざあと通るばかり、一向人も来ないようでしたからだんだん私たちは恐くなくなってはんのきの下の萱をがさがさわけて初茸をさがしはじめました。いつものようにたくさん見附かりましたから私はいつか長官のことも忘れてしきりにとっておりました。
 すると俄かに慶次郎が私のところにやって来てしがみつきました。まるで私の耳のそばでそっと云ったのです。
「来たよ、来たよ。とうとう来たよ。…

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