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ファウスト
ファウスト |
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作品ID | 50909 |
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著者 | ゲーテ ヨハン・ヴォルフガング・フォン Ⓦ |
翻訳者 | 森 鴎外 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「ファウスト 森鴎外全集11」 ちくま文庫、筑摩書房 1996(平成8)年2月22日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-12-24 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 549 ページ(500字/頁で計算) |
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薦むる詞
昔我が濁れる目に夙く浮びしことある
よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。
いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。
我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。
汝達我に薄る。さらば好し。靄と霧との中より
5
我身のめぐりに浮び出でて、さながらに立ち振舞へかし。
汝達の列のめぐりに漂へる、奇しき息に、
我胸は若やかに揺らるゝ心地す。
楽しかりし日のくさ/″\の象を汝達は齎せり。
さて許多のめでたき影ども浮び出づ。
10
半ば忘られぬる古き物語の如く、
初恋も始ての友情も諸共に立ち現る。
歎は新になりぬ。訴は我世の
蜘手なし迷へる歩を繰り返す。
さて幸に欺かれて、美しかりぬべき時を失ひ、
15
我に先立ちて去にし善き人等の名を呼ぶ。
我が初の数[#挿絵]を歌ひて聞せし霊等は
後の数[#挿絵]をば聞かじ。
親しかりし団欒は散けぬ。
あはれ、始て聞きつる反響は消えぬ。
20
我歎は知らぬ群の耳に入る。
その群の褒むる声さへ我心を傷ましむ。
かつて我歌を楽み聞きし誰彼
猶世にありとも、そは今所々に散りて流離ひをれり。
昔あこがれし、静けく、厳しき霊の国をば
25
久しく忘れたりしに、その係恋に我また襲はる。
我が囁く曲は、アイオルスの箏の如く、
定かならぬ音をなして漂へり。
我慄に襲はる。涙相踵いで堕つ。
厳しき心和み軟げるを覚ゆ。
30
今我が持たる物遠き処にあるかと見えて、
消え失せつる物、我がためには、現前せる姿になれり。
[#改ページ]
劇場にての前戯
座長。座附詩人。道化方。
座長
これまで度々難儀に逢った時も、
わたくしの手助になってくれられた君方二人だ。
こん度の企がこの独逸国でどの位成功するだろうか、
35
一つ君方の見込が聞きたいのだがね。
殊に見物は自分達が楽んで、人にも楽ませようとしているのだから、
わたくしもなるたけ見物の気に入るようにしたいのです。
もう小屋も掛かり、舞台も出来ていて、
みんながさあ、これからがお慰だと待っている。
40
誰も彼もゆったりと腰を落ち着けて、眉毛を吊るし上げて、
さあ、どうぞびっくりするような目に逢わせて貰いたいと思っている。
わたくしだって、どうすれば大勢の気に入ると云うことは知っている。
しかしこん度程どうして好いか分からないことはないのです。
何も見物が最善のものに慣れていると云うのではない。
45
ですが、兎に角いろんな物を恐ろしく沢山読んでいるのですな。
何もかも新らしく見えて、そして意義があって
人の気に入るようにするには、どうしたら好いでしょう。
なぜそう云うかと云うと、わたくしは一番大当りがさせて見たい。
見物が人波を打ってこの小屋へ寄せて来て、
50
狭い恵の門口を通ろうとして、何度押し戻されても
また力一ぱいに押し押しして、
まだ明るいうちに、…