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なくなった人形
なくなったにんぎょう
作品ID50991
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者ぷろぼの青空工作員チーム校正班
公開 / 更新2012-01-08 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 冬でありましたけれど、その日は、風もなく穏やかで、日の光が暖かに、門口に当たっていましたので、おみよは学校から帰りますと、ござを敷いて、その上で、人形や、おもちゃなどを出してきて遊んでいました。すこし前まで、近所のお友だちがきて、いっしょに遊んでいたのですが、お友だちはちょっと用ができて家へいったので、後には、まったくおみよ一人となったのでした。けれども、彼女はすこしもさびしいとは思いません。かわいい人形がそばにありますから、それを抱いたり、下にすわらせたり、またそれにものをいったり、おもちゃのお膳や、茶わんや、さらなどに、こしらえたごちそうを入れて、供えてやったりしていますと、けっしてさびしくもなんともなかったのであります。
 その人形は、今年の春、田舎から叔父さんが出てこられたときに、叔父さんといっしょに、町へいって買ってもらった、好きな、たいせつにしている人形でありました。
 日は、だんだん西の方へまわりましたけれど、まだそこには、暖かな日が当たっていました。
「さあ、こんどはなにをおまえにこしらえてあげようかね。」と、おみよは人形に向かって、独り言をもらしたのです。
 そのとき、あちらのさびしい路のほうから、こちらにやってきた、哀れなふうをした、七つか八つになったくらいの乞食の女の子がありました。どこへゆくのでしょうか、ふと、この家の前を通りかかりましたが、乞食の子は、おみよが、いま人形にごちそうをこしらえてやろうとして、菊の花や、山茶花の花弁を、小さな刃物で、小さなまないたの上に載せて刻んでいるのを見て、思わず歩みを止めて、しばらく我を忘れてじっとながめていました。
 乞食の子は、まだ産まれてから一度も、そんな美しい人形や、おもちゃ道具を手に持って、遊んだことがなかったのです。乞食の子は、おみよの幸福な身の上をうらやみました。なんで自分も、あの方のように生まれてこなかったのだろう。自分はいつになったら、あんなかわいらしい人形や、おもちゃを持つことができるだろうと、真におみよの身の上をうらやましく思ってながめていたのです。
 乞食の子は、いつしか自分というものを忘れてしまって、そのかわいい人形の顔や、姿に見とれてしまったのです。なんというかわいいかわいい人形だろう。まあ、あの人形は私の顔を見て、笑っているのじゃないかしらん。あれ、ほんとうに私の顔を見て笑っている。私はちょっとのまでいいから、お嬢さんにお願いして、あの人形を抱かしてもらおうかしらん。ほんのちょっとのまでいいから、あのかわいい人形を手に取って、よく顔を見たいものだ、ただ一度でいいから顔を見たいものだ。それで、もう私はたくさんだから……そういってお嬢さんにお願いしてみようかしらんと、乞食の子は一人胸のうちで想い煩っていましたが、いやいや、なんでこんな汚いふうをして、ほかの人々から平常乞食…

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