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馬を殺したからす
うまをころしたからす
作品ID50992
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「おとぎの世界」1919(大正8)年8月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者ぷろぼの青空工作員チーム校正班
公開 / 更新2012-01-02 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 北の海の方にすんでいたかもめは、ふとして思いたって南の方へと飛んできました。途中でにぎやかな街が下の方にあるのを見ました。そこにはおほりがあって、水がなみなみと青く、あふれるばかりでありましたから、しばらくそこへ下りて暮らしました。
 この街は、この国の一番の都でありまして、人々はそのほりの中にすんでいる魚を捕ることができなく、また下りている鳥を撃つことができないおきてでありましたから、かもめには、このうえなく都合がよく、暮らしいいところでありました。
 ほりの中にいる魚は、それは北の海にいる魚の味とは較べものになりません。どろ臭くて骨が堅うございましたけれど、容易に捕ることができましたので、荒波の上で、仕事するように骨をおらなくてすんだのであります。
 かもめは、もうずっと南の方へいくという考えは捨ててしまいました。だいいち、人間というものが、ここにいても、すこしも怖ろしくありませんので、水もそのわりあいに暖かであるし、その年の冬は、この街の中で暮らそうと考えました。
 かもめは、さまざまな街のにぎやかな光景や、できごとなどを見守りました。そして、こんなおもしろいところがこの世界にあるということを、ほかの鳥らはまだ知らないだろう。よく、よく、この有り様を記憶しておいて、彼らに教えてやらなければならないなどと空想しました。
 寒い冬が過ぎて、春になると、ほりばたの柳が芽をふきました。そして、桜の花が美しく咲きました。このころが、都もいちばんにぎやかな時分とみえて、去年の秋以来見なかった景気でございました。
 うかうかとしているうちに、春も過ぎてしまいました。子供らがそれでも隠れてこのほりにときどき釣りなどにやってくる夏となりました。いままで、かもめはなんの不足もなく、また考えることもなく暮らしてきましたが、このころからようやく考えはじめました。それは、ほりの水の中にすんでいたかもめは、ふたたび青い、青い、海が恋しくなったからです。風が強く吹いて、波が岩角に白く、雪となってはね上がり、地平線が黒くうねうねとして見える海が恋しくなりました。
 かもめは、北の方の故郷に帰ろうと心にきめました。そして、その名残にこの街の中の光景をできるだけよく見ておこうと思いました。ある太陽の輝く、よく晴れた日の午前のことでありました。白いかもめは、都の空を一まわりいたしました。すると、大きな木のこんもりとした社の境内を下にながめました。子供らが豆を買って、地面の上に群がっているはとに投げやっていました。
 かもめはそれを見ると、まったく驚きました。都というところは不思議なところだ。ここにさえいれば、遊んでいても暮らしていくことができるのだ思いました。
 ついに、このかもめは、北をさして長い旅に上りました。彼は、去年きた時分のことなどを思い出していろいろの感慨にふけりました。高山…

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