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黒い塔
くろいとう |
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作品ID | 50997 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 1」 講談社 1976(昭和51)年11月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2013-10-23 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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一
昔のことでありました。ある小さな国の女皇に二人のお子さまがありました。姉も妹もともに美しいうえに、りこうでありました。女皇は、もう年をとっていられましたから、お位を姉のほうのお子さまに譲ろうと思っていられました。
そのうち、姉のほうが、目をわずらわれて、すがめになられました。いままで、花のように美しかった顔が急に醜くなってしまいました。すると、女皇は、いままでのように、姉のほうはかわいがられずに、妹のほうをかわいがられるようになりました。
姉は、それをたいへん悲しみました。なにも自分の知ったとがではない。病気でこんなに醜くなったものを、なんでお母さまはきらわれるのだろうかとなげきました。
しかし、妹の情けは、前とすこしも変わりません。姉さんをうやまい、なつかしみました。しかるに、不幸の姉は、ある日こと、また、高い階段から落ちて、産まれもつかぬちんばになってしまった。
すがめでさえ醜いといってきらわれた、母の女皇は、そのうえちんばになっていっそう醜くなった姉のほうを、ますますうとんぜられたのであります。そればかりでなく、妹までが、姉をきらうようになったのであります。
これと反対に、妹の姫はますます美しくなりました。花よりも、星よりも、この世界に見られる、いかなる美しいものよりも、もっと美しく見られたのであります。貴い宝玉も、その美しさにくらべることができなかったのであります。
女皇の心は、いつしか、王位を妹に譲ろうときめていました。けれども、この街の民はどう思うかと気づかわれました。あたりまえならば姉が王位をつぐのが順序でありますから、街の人民は、なんといって、反対すまいものでもなかったのであります。
そこで、女皇は、街の人々にこれを聞くことにいたしました。すると、街の人々は、
「それは、われわれどもが王さまをいただくなら、美しい妹姫のような女皇が望ましいものでございます。醜いお方は、なんとなく気持ちが悪うございますから、どうか妹の姫をいただきたいものでございます。」と、訴えました。
これをお聞きになると、女皇はだれの心も同じものだと思われて、いまはなんの躊躇もなく、位を妹に譲ることになさいました。
独り、姉のほうは、さびしく、悲しくへやのうちに日を送られました。だれに向かって、訴えてみようもありません。さらばといって、このままこの城に長くいることもできないのでありましょう。いずれは、どこか遠いところに移されてしまうであろうと思うと、気がおちつくこともできません。いっそ、自分からこの城を去ってしまいたいなどと思って、毎日、窓ぎわに立って遠く、あてなくながめていられました。
この街には、昔から、高い、不思議な塔が立っていました。だれがこの塔を建てたものかわかりません。また、なんのために造ったものかわかりません。人々は気味悪がって、かつ…