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薬売り
くすりうり
作品ID51004
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 1」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-10-23 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 どこからともなく、北国に、奇妙な男が入ってきました。
 その男は黄色な袋を下げて、薬を売って歩きました。夏の暑い日に、この男は村から村を歩きましたが、人々は気味を悪がって、あまり薬を買ったものがありません。
 けれど、男は根気よく、日盛りをかさをかぶって、黄色な袋を下げて、
「あつさあたりに、食べあたり、いろいろな妙薬」といって、呼び歩きました。
 子供らは、人さらいがきたといって、この薬売りがくると怖ろしがって逃げ隠れたりして、だれもそばには寄りつきませんでした。
 ある日のこと、太郎は独り圃に出て遊んでいました。遠くの方で、糸車の音が聞こえてきました。海のある方の空が、青くよく晴れ渡って雲の影すらなかったのです。とんぼが、きゅうりや、すいかの大きな葉の上に止まったり、棒の先に止まったりしているほか、だれも人影がなかったのです。
 このとき、かなたから、薬売りの声が聞こえたのであります。毎日、毎日、こうして根気よく歩いても、あまり買う人がないだろうと、村の人々がいったことを太郎は胸に思い出して、なんとなく、その薬売りが気の毒なような感じがしたのでありました。
 けれど、また気味悪くも思ったので、隠れようとしましたが、そんな場所がなかったので、きゅうりの垣根の蔭に黙って立っていますと、薬売りの声はだんだん近づいてきたのでありました。
 その細い、さびしい途は、すぐこの圃のそばを通っていました。どうかして、薬売りの男に自分の姿が発見からなければいいがと、太郎は心で気をもんでいました。
 いつしか薬売りは、間近にやってきましたから、太郎は顔を見ないように下を向いていますと、
「坊ちゃん、坊ちゃん。」
 不意に、こう呼びかけられたので、太郎は思わず身震いしました。そうしてやっと、顔を上げて、おそるおそる薬売りのほうを見ますと、かさをかぶった薬売りは途の上に立って、じっとこちらを向いていました。
「坊ちゃん、お願いがありますが。」と、薬売りはいいました。
「なあに。」と、太郎は、お願いと聞いて返事をしました。
「のどが渇いて、しかたがありませんのですが、この辺に水はありませんでしょうか。」と、薬売りは扇子を指頭でいじりながらいいました。
「ずっと、あっちまでゆかないと井戸はありませんよ。」と、太郎は答えました。
「そうですか。私は、もうのどが渇いて、我慢ができなくなりました。まだ、そんなに遠方でございますか。」といって、薬売りは、まだなにかいいたそうでありました。
 このとき、太郎は、思いついて、
「おじさん、すいかをもいであげましょうか。」と聞きました。
 すると、薬売りは笑顔になって、
「私も、それをお願いしようと思ったんですが、これは坊ちゃんの家の圃ですか。」と問いました。
「これは僕の家の圃です。」と、太郎は答えました。
「そうですか、そんなら一つい…

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