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くわの怒った話
くわのおこったはなし |
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作品ID | 51017 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 1」 講談社 1976(昭和51)年11月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2013-10-27 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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あるところに、性質のちがった兄と弟がありました。父親は死ぬときに、自分の持っている圃を二人に分けてやりました。
兄はどちらかといえば、臆病で、働くことのきらいな人間でありましたが、弟は、どうかして自分の力で働いて、できるだけの仕事をしたいものだと、日ごろから思っていました。
いよいよ父親がなくなってしまいますと、二人は、これから自分で働いて、生活をしなければならなくなりました。あるときのこと、弟は兄に向かって、
「兄さん、私は、お父さんが分けてくだすった圃を売って、その金を持って旅に出て、なにか仕事をして働きたいと思いますが、兄さんはどうなさいますか。」といいました。
兄は、黙って考えていました。
「どうするって、俺には、べつにいい考えがないから、当分こうしているよりしかたがない。おまえは、かってにするがいいが、その金をなくしてしまったら、どうするつもりだ。」と、兄はいいました。
「兄さん、私は、とにかく思ったことをやってみます。そして、その金をなくしてしまったらまた働いて、体をもとでに、つづくかぎりやってみます。」と、弟は答えました。
弟は、ほどなく、その自分に分けてもらった土地を売り払って、旅へ出かけてゆきました。その後に残った兄は、圃に出てくわを取って働いていましたが、もとから働くことが好きでありませんから、たいていは怠けて家にいました。そして、困ったときは、道具などを片端から売って食べていました。
「運は寝て待て。」ということわざがあるから、きっと、そのうちにいいことがまわってくるにちがいないと、兄は信じきっていたのです。
その年も暮れ、翌年になると、不思議に運がめぐってきました。汽車がこの村を通って、停車場が近くに建つといううわさがたつと、急にあたりが景気づきました。そして、他所からもいろいろな人間がたくさんに入り込んできて、土地の価が一時にずっと上がり、兄の持っている場所は、その中でも町の目ぬきのところとなりましたので、いちばん高く売れるのでありました。
「それ見よ、俺のいわないことじゃない。なんでもあせると、弟のやつみたいに損をするものだ。昔から、運は寝て待てというから、冒険などをするものじゃない。おれの土地などは、買い人が山ほどある。こっちの価の付け放題じゃないか。」と、兄は、得意になって独語をもらしました。
いよいよ、兄の持っている土地が高い価で売れることにきまると、兄は、その日を最後として圃をみまいました。
「ああ、いやないやなくわ仕事も、今日かぎりでしなくていいことになった。これから、町にりっぱな店を出して、その帳場にすわればいいのだ。仕事はみな奉公人がしてくれるし、金は銀行に預けておけば、利子に利がついて、ますます財産が殖えるというものだ。もうこんなくわなどを使うことはあるまい。まったく不要なものだ。」と兄はいって、永年…