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ちょうと三つの石
ちょうとみっつのいし |
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作品ID | 51019 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 2」 講談社 1976(昭和51)年12月10日 |
初出 | 「婦人倶楽部」1921(大正10)年5月 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2012-07-21 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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あるところに、まことにやさしい女がありました。女は年ごろになると、水車屋の主人と結婚をしました。
村はずれの、小川にかかっている水車は、朝から晩まで、唄をうたいながらまわっていました。女も主人も、水車といっしょに働きました。
「なんでも働いて、この村の地主さまのように金持ちにならなければだめだ。」と、主人は頭を振りながら、妻をはげますようにいいました。
妻も、そうだと思いました。そして、それよりほかのことをば、考えませんでした。春になると、緑色の空はかすんで見えました。木々には、いろいろの花が咲きました。小鳥は、おもしろそうにこずえにとまってさえずりました。
夏になると、真っ白な雲が屋根の上を流れました。女は、ときどき、それらのうつりかわる自然に対して、ぼんやりながめましたが、
「ぐずぐずしていると、じきに日が暮れてしまう。せっせと働かなけりゃならん。」
と、そばから主人に促されると、気づいたように、また、せっせと働きました。
女は、一日、頭から真っ白に粉を浴びて、働いていました。二人は、まだ、楽な日を送らないうちに、主人は、病気にかかりました。そして、その病気は、日に日に、重くなるばかりでした。
医者は、ついに恢復の見込みがないと、見放しました。そのとき、主人は、この世を見捨ててゆかなければならぬのを、なげきましたばかりでなく、女は、夫に別れなければならぬのを、たいへんに悲しみました。
「俺は、おまえを残して、独りあの世へゆくのを悲しく思う。けれど、もうこうなってはしかたがない。先にあの世へいって、おまえのくるのを待っているから、おまえは、この世を幸福に暮らしてからやってくるがいい。」
と、主人は、涙ながらにいいました。
女は、泣いて聞いていましたが、
「どうか、わたしのゆくのを待っていてください。あの世へゆくには、山を上るといいますから、峠のところで、わたしのゆくのを待っていてください。」と、女はいいました。
主人は、安心してうなずきました。そして、ついにこの世から立ってしまったのであります。
女は、泣き悲しみました。しかし、どうすることもできませんでした。その日から、一人となって働いていました。
水車の音は昔のように、唄をうたってまわっていましたけれど、女はけっして、昔の日のように幸福でなかった。
女は、一人で生活することは困難でありました。それを知った村の人は、気の毒に思いました。
「おまえさんは、まだ若く、美しいのだから、お嫁にゆきなさるがいい、ゆくならお世話をしてあげます。」と、女に向かって、しんせつにいってくれるものもあった。
女は、夫が死ぬときに、先へいって待っているという、約束をしたことを思い出すと、そんな気にはなれませんでした。
「死んだ主人に対してすまない。」と、女は答えました。
しかし、村の人は、女のいうこと…