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消えた美しい不思議なにじ
きえたうつくしいふしぎなにじ
作品ID51031
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「童話」1921(大正10)年8月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-11-09 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 それは、ここからは見えないところです。
 そこには黒い、黒い河が流れています。どうしたことか、その河の水は真っ黒でありました。河が真っ黒であったばかりでなく、河原の砂もまた真っ黒でありました。そして、その河は音もたてずに、また真っ黒な大きな森の中をくぐって、いずこともなく流れているのでありました。
 空の色は、夜ともつかず、また昼ともつかずに、うす暗くぼんやりとしていました。ただ、ため息のように、風が吹いて、忍び足にどこへかいくのでありました。そして、そのところには、生き物というものは、なにひとつ動いている姿を見ることができませんでした。ただ河原を怪しげな女が歩いているばかりでありました。
 いったい、この怪しげな女はなにものでありましょうか。年をとっているのか、また、そんなに年をとっていないのか、見ただけではわかりませんでした。顔も肩さきも、その長い真っ黒な髪の毛に隠れていてよく見ることができませんでした。
 たまたま髪の毛の間から血の気のない顔が現れたかと思うと、ガラス球のように光った目が、氷のように冷たくあたりを見まわしていたのであります。
 この怪しげな女は、灰色の着物を着ていました。そして、めったに笑うこともありませんでした。女は、やせて骨ばかりになった手をのばして足もとの真っ黒な砂をすくいました。そして、なにか口の中で唱えながら、それを空に向かって投げていました。また、あるときは、その河の真っ黒な水を柄の長い杓子ですくっては、やはりなにやら口の中で唱えながら、それを空に向かってまいていました。そして、その後でさも心地よさそうに、げらげらと笑っていたのです。
 この怪しげな女は姉のほうでありました。
「こうして、わたしは、わざわいの砂や、水をまいてやる。これはみんな下界に落ちていって人間どもの頭にふりかかる。この砂のかかったものには不平がつづき、この水のかかったものは死んでしまうだろう。わたしは、みんなが不平に苦しみ、そして死んでしまうことを望んでいる。わたしはこんな醜い姿に生まれてきた。この宇宙の、ありとあらゆる生き物の命をのろってやる。そうだ、みんな滅ぼしてしまうまでは、こうして、わざわいの砂と死の水をふりまくことをやめはしない。」と、灰色の着物を着た姉のほうがいいました。そして、彼女は砂をまき、水をまいていました。
 ここは、また別のところであります。
 そこには水晶のように清らかな流れがありました。そして、その河原の砂は黄金のごとく光っていました。大空はいつもうららかに晴れて、いい香いのする紫や、赤や、青や、白の花が一面に咲いていました。太陽の光は、その河水の上にも、花の上にも、また砂の上にもいつもあふれていました。
 東雲の空色のような、また平和な入り日の空色のような、うす紅い色の着物をきた少女が、この楽園を歩いていたのです。その少女は…

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