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白い影
しろいかげ
作品ID51054
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 2」 講談社
1976(昭和51)年12月10日
初出「婦人公論」1923(大正12)年1月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-11-21 / 2014-09-16
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 夏の日のことでありました。汽車の運転手は、広い野原の中にさしかかりますと、白い着物を着た男が、のそりのそりと線路の中を歩いているのを認めました。
 このあたりには人家もまれであって、右を見ても左を見ても、草の葉がきらきらと、さながらぬれてでもいるように、日の光に照らされて光っていました。また、遠近にこんもりとした林や森などが、緑色のまりを転がしたようにおちついていて、せみの声が聞こえていました。
 白い男を見ると、運転手は、ハッと思って、あわただしく警笛を鳴らしました。なぜなら、汽車がちょうど全速力を出して走っていたからであります。
 しかし、白い男は平気で、やはり線路の内側を歩いていました。もうすこし早く、これを見つけたら、こんなに運転手は、あわてることもなかったのでしょうけれど、このあたりはめったに人の通るところでなし、安心をして、彼は前方に見える遠い国境の山影などをながめて、その山の頂に飛んでいる雲のあたりに空想を走らせていたのであります。
 白い影は、もう、二十間……十間……すぐ目の前に迫りました。運転手は大急ぎで進行をしている汽車を止めました。その反動で、どうしたはずみにか、列車は大脱線をしてしまいました。おりよく、それが貨車であったからたいした負傷者はなかったけれど、貨車は幾台となく壊れて、田の中に埋まったり、堤防の上に転覆したりして、たいへんな騒ぎになりました。
 運転手は、負傷をしました。そして、うめきながら、白い着物を着た大男をひき殺したと告げました。
 それで、みんなは、汽車の転覆の原因が、人をひき殺そうとしたため、急いで汽車を止めたのにあったことを知りました。それにしても、こんな大事件をひき起こした男は、どうなったかといって、みんなは、汽罐車の下をのぞいてみました。そこには白い着物を着た男がひき砕かれて血みどろになっているだろうと思いましたのに、なんの姿もありませんでした。
「白い男なんて、いないじゃないか?」
「どこにも人間はおろか、ねこ一ぴきだってひかれていはしないじゃないか。」
 みんなは、こう口々にいいました。そして、これはまさしく運転手が、むだ目を見たのだといいました。
 あくる日の町の新聞には、運転手がむだ目を見たために、貨物列車を脱線さしてしまったことを大きく書いていました。そして、運転手は、このごろ、神経衰弱にかかっていたということもつけくわえて報道しました。
 すると、ここに、白い着物を着た大男が、その後も真昼ごろ、のそりのそりと線路の上を歩いているのを見たというものがありました。なんでも、その人の話によると、雲をつくばかりの大男であったというのでした。
 こうした奇怪な話は、これまでに、二度めであります。この鉄道線路は、西南から走って、この野原の中でひとうねりして、それからまっすぐに北方へと無限に連なっているのでし…

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