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![]() おかしいまちがい |
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作品ID | 51059 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 2」 講談社 1976(昭和51)年12月10日 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2013-05-21 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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ある田舎に、一人の男がありました。その男は、貧乏な暮らしをしていました。
「ほんとうに、つまらない、なにひとつおもしろいことはなし、毎日おなじようなことをして、日を送っているのだが、それにも飽きてしまった。」
男は、そう思いました。そして、あう人に向かって愚痴をもらしました。
これを聞いた人々の中には、
「これは、おまえさんばかりがそうなのではない、みんながそうなのですよ、しかし、いったからとてしかたがないから黙っているのですよ。」といったものもあります。
しかし、男は、それを聞いただけでは、あきらめられませんでした。もっと、おもしろいことや、しあわせのことがなかったら、生きているかいはないように考えました。
男は、お膳に向かって飯を食べますときに、
「いつも、こんなまずいものばかり食っているのでは、生まれてきたかいがない。」と思いました。
また、仰向いて、家の内をじろじろと見まわしては、
「いつも、こんな汚らしい、狭い家に住んでいるようでは、生まれてきたかいがない。」と思いました。
そして、男は、人の顔を見ると不平をもらしました。なかには、
「あなたのおっしゃるとおりですよ、人間はいつまでも生きていられるものではありませんから、せめて生きている間だけでも、おもしろいめや、好きなことをしなくては、生きているかいはありません。世間には、そうしたりっぱな暮らしをしているものもあるのですから……。」と答えたものもあったのです。
男は、仕事をするのも、なんだかばからしくなって、ぼんやりとして日を送っていますと、そのうちに秋となり、冬となりました。冬になると、雪が降ってきて、田も圃もまた家も、雪の中に埋もれてしまったのです。小鳥は、毎日のように枯れた林にきては、いい声でさえずっていました。
「あんなに、あちらは雲切れがしていますよ。あっちへいったら、きっとおもしろいことがあるでしょう。」
こんなふうに、小鳥はいっているように聞こえました。するとある日のこと、男は、また人にあって、
「ほんとうに、毎日、おもしろくなくてしょうがありません。もっと暮らしのいいところはないものでしょうか。」といいました。
すると、その人は、男に向かって、
「おまえさん、旅へゆきなさると、金がもうかるそうですよ。いま、あちらは景気がいいといいますから、きっと暮らし向きも、いいにちがいありません。」と答えました。
「旅といいますと、どこですか?」と、男はうれしそうに、どきどきする胸を押さえてたずねました。
この人は、雲切れのした、あちらの空を指さして、
「あの国境の山を越しますと、もう雪はありません。いまごろは、暖かい花が咲いています。そこへゆけば、いつだって仕事のないことはありませんよ。」と答えました。
男は、雪がないと聞いただけでも、もはやじっとしていられませんでした…