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![]() おおきなかに |
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作品ID | 51067 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 3」 講談社 1977(昭和52)年1月10日 |
初出 | 「婦人公論」1922(大正11)年4月 |
入力者 | ぷろぼの青空工作員チーム入力班 |
校正者 | 本読み小僧 |
公開 / 更新 | 2012-12-13 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 13 ページ(500字/頁で計算) |
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それは、春の遅い、雪の深い北国の話であります。ある日のこと太郎は、おじいさんの帰ってくるのを待っていました。
おじいさんは三里ばかり隔たった、海岸の村へ用事があって、その日の朝早く家を出ていったのでした。
「おじいさん、いつ帰ってくるの?」と、太郎は、そのとき聞きました。
すっかり仕度をして、これから出てゆこうとしたおじいさんは、にっこり笑って、太郎の方を振り向きながら、
「じきに帰ってくるぞ。晩までには帰ってくる……。」といいました。
「なにか、帰りにおみやげを買ってきてね。」と、少年は頼んだのであります。
「買ってきてやるとも、おとなしくして待っていろよ。」と、おじいさんはいいました。
やがておじいさんは、雪を踏んで出ていったのです。その日は、曇った、うす暗い日でありました。太郎は、いまごろ、おじいさんは、どこを歩いていられるだろうと、さびしい、そして、雪で真っ白な、広い野原の景色などを想像していたのです。
そのうちに、時間はだんだんたってゆきました。外には、風の音が聞こえました。雪が霰が降ってきそうに、日の光も当たらずに、寒うございました。
「こんなに天気が悪いから、おじいさんは、お泊まりなさるだろう。」と、家の人たちはいっていました。
太郎は、おじいさんが、晩までには、帰ってくるといわれたから、きっと帰ってこられるだろうと堅く信じていました。それで、どんなものをおみやげに買ってきてくださるだろうと考えていました。
そのうちに、日が暮れかかりました。けれど、おじいさんは帰ってきませんでした。もうあちらの野原を歩いてきなさる時分だろうと思って、太郎は、戸口まで出て、そこにしばらく立って、遠くの方を見ていましたけれど、それらしい人影も見えませんでした。
「おじいさんは、どうなさったのだろう? きつねにでもつれられて、どこへかゆきなされたのではないかしらん?」
太郎は、いろいろと考えて、独りで、心配をしていました。
「きっと、天気が悪いから、途中で降られては困ると思って、今夜はお泊まりなさったにちがいない。」と、家の人たちは語り合って、あまり心配をいたしませんでした。
しかし太郎は、どうしても、おじいさんが、今晩泊まってこられるとは信じませんでした。
「きっと、おじいさんは、帰ってきなさる。それまで自分は起きて待っているのだ。」と、心にきめて、暗くなってしまってからも、その夜にかぎって、太郎は、床の中へ入って眠ろうとはせずに、いつまでも、ランプの下にすわって起きていたのでした。
いつもなら、太郎は日が暮れるとじきに眠るのでしたが、不思議に目がさえていて、ちっとも眠くはありませんでした。そして、こんなに暗くなって、おじいさんはさぞ路がわからなくて困っていなさるだろうと、広い野原の中で、とぼとぼとしていられるおじいさんの姿を、いろいろに想像し…