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ちょうと怒濤
ちょうとどとう
作品ID51075
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「中学生」1922(大正11)年6月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-02-03 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 美しいちょうがありました。
 だれがいうとなく、この野原の中から、あまり遠方へゆかないがいい。ゆくと花がない、ということをききましたから、ちょうは、その野原の中を飛びまわっていました。
 しかし、その野原は広うございましたので、毎日遊ぶのに、不自由を感じませんでした。自分ばかりでない、たくさんのほかのこちょうもいました。また、みつばちもいましたから、さびしいことはなかったのです。
 野原には圃がありました。菜の花が咲いています。また、麦がしげっています。そのほか、えんどうの花や、いろいろの花が咲いていました。その花の上や、青葉の上を飛びまわっているだけでも、一日かかるのでありました。
 ある日のこと、みつばちは、そのちょうに向かっていいました。
「私たちは、菜の花や、えんどうの花の上を飛びまわっているだけなら、まちがいはありません。それはこの圃の中にさえいれば、夏になると、なすや、うりの花が咲きますから、とうぶん花の絶えるようなこともありません。その時分にはせみも鳴くし、いろいろの虫も鳴きます。まあ遠くへいくなどという考えを起こさずに、おちついていることですね。」と、みつばちはいったのです。
 ちょうは、このときに、格別、ほかへいってみたいなどという考えをもちませんでしたから、みつばちのいうことを笑ってきいていました。
 そして、風に吹かれて、ちょうは、美しい羽をひらひらさせて、菜の花の圃を飛んでいました。このちょうの美しいのは、ひとり、みつばちの目にそう見えたばかりでなく、同じちょうの仲間でも評判になっていました。それほど、このちょうの羽は大きく、赤・黄・黒・青、いろいろの色で彩られていました。
 ちょうは、圃の上で、多くの仲間に出あいましても、自分の羽ほどきれいなのを持っている仲間を見たことがありませんでした。また、そんなに大きな羽を持っているのも見ませんでした。
「あなたは、ほんとうに美しくお生まれついてしあわせですね。」と、ある仲間は、心からうらやましく感じて、そういいました。
 あるとき、一つの羽の青い、小さなこちょうは、彼に向かって、
「あなたは、けっして、この野原からほかへいってはいけませんよ。この野原の中の女王ですもの。」といいました。
「なぜ、そんなにほかへいってはいけないのですか。」と、ちょうは問いました。
 すると、羽の青いちょうは、
「私は、やはり、この野原にばかりいるのがつまらなくて、あちらへいったのですよ。それはあんまり遠いところではなかったのです。あの青木の見える街道を一つ越えたばかりです。するとふいに、大きな袋のようなもので私はすくわれました。私はびっくりしました。人間が、私を捕らえたのです。みると、その人間は、ほかにも、私よりはきれいなちょうを幾つも手に持っていました。ちょうど、それはあなたのように美しいちょうばかりでした…

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