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幸福に暮らした二人
こうふくにくらしたふたり
作品ID51077
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「童話」1923(大正12)年1月
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-02-21 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 南洋のあまり世界の人たちには知られていない島に住んでいる二人の土人が、難船から救われて、ある港に着いたときでありました。
 砂の上に、二人の土人がうずくまってあたりの景色に見とれていました。その港はかなり開けたにぎやかな港でありましたから、華やかなふうをしたいろいろな人が歩いていました。またりっぱな建物も見られました。そして、あちらには、煙突から黒い煙が上がって、その煙は雲切れのした大空を沖の方へとなびいていました。
 それから目に見るもの、また、耳に聞くもの、一つとしてこの二人の黒んぼの心を驚かさないものはなかったのです。二人はあちらに見える、白く塗った三階建ての家屋を見ましたときに、それがなんであるかすらもよくわからなかったのでした。しかし、自分たちと異った人間がそばの家々から顔を出してのぞいたり、またその中に動いたりしているようすなどを見ると、あちらの美しい建物の中には、もっと力の強い、偉い人間が住んでいるのだろうということを想像しました。それにつけても、こんな美しい街がどうしてできたものか、まただれによって、どうして美しく地上にいろいろなものが造られたのであるか、それを考えることすらが、二人にはできなかったのであります。
 太陽の光は、故郷の土の上に照りつけるほど強烈ではなかった。そして、それだけ夢を見ているような、うっとりした気持ちにさせたのであります。二人はあの怖ろしいあらしの夜を怒濤にもまれて、真っ暗な中を漂っていたこと、また、夜が明けると、青い、青い、はてしもない海の上を、幾日も、幾日も漂っていたこと、そしてそのあげくに、見も知りもしない船に救われたこと、そして、いま、このどことも知らない港について、陸に上がって砂原にうずくまって、日の光を浴びているということすら、このときは頭の中に思い出さずに、ただ、うっとりとあたりの景色に見とれていたのでありました。
 あたりを往来する人々は、この二人のいるそばに近寄って、珍しそうにながめて、笑ってすぐにゆくものもあれば、また、しばらくは立ち止まってゆくものもありました。
 人間だということだけは同じであるが、色も、姿もなにひとつ同じものはなく、そして、言葉すらまったく通じなかったので、たがいに顔を見合わしながら、心のうちでは不思議なものを見るものだというくらいに思ったのであります。
 二人の黒んぼは、極度に自分らの身のまわりに集まってくる人たちをおそれていました。こんなにりっぱな街を造ることのできる人々だから、どんなに力があるであろう。また、どんなことでもなし得ないことはなかろうから、自分たち二人の命は、まったくこの人たちに自由になされるものだというように思ったからであります。
 二人の黒んぼを見た、港の人々は口にこそ出していわなかったが、
「なんという怖ろしい顔つきをしている野蛮人であろう。人間を食…

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